ちまたには「持続的価値向上」という言葉が溢れています。 しかし安易に使われがちなこの言葉は、「言うは易し、行うは難し」の典型ではないでしょうか。 特にわれらが日本人には、逆境には一致団結し滅法強いが、順境を迎えた途端に緩んでしまうという傾向があるように思います。せっかく上手くいっていた企業が、その後蹉跌を踏んでいく数多くの事例を見ていると、持続的価値向上というテーマと人間の本性は、本質的に折り合いが悪いもののような気さえしてくるのです。 みさきニューズレター8回目になる今回は、花王株式会社の澤田社長にご登場いただきます。 1980年には2,500億円程度だった売上は今や1兆5,000億円と約6倍、営業利益も200億円から約10倍の1,900億円。時価総額は2,000億円から3兆3,000億円、27期連続増配は日本一。どの指標をとってみても、花王こそ「持続的価値向上の体現者」と呼べるのではないでしょうか。 花王の持続的価値向上の秘訣を明らかにしたいと勢い込んで対談に臨んだ私は、冒頭の澤田社長のシンプルな答えに出鼻を挫かれてしまいました…それでも諦めずにしつこく喰い下がる私に、飛び出してきた「花王は両方やる会社なんです」、「経営は原子・分子レベルで考えるものです」といった奥義に迫る言葉───。 持続的価値向上の実現には、やはりどうもそれなりの秘訣があるようです。明石家さんままで縦横無尽に飛び出してくる澤田社長の思考・至言の数々をお楽しみいただければと思います。
みさき投資株式会社
代表取締役社長
中神康議
中神:花王は日本取締役協会の「コーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー®2016」(通称:ガバナンス大賞)に輝き、私も審査委員として携わる機会をいただきました。 昨今「持続的な企業価値向上」という言葉が世に溢れていますが、私は日本一の27期連続増配、企業理念「花王ウェイ」の実践など、花王こそがそれを体現している会社ではないかと思っています。 少し調べてみただけでも、ガバナンスの取り組みだけでなく、長期的な基礎研究投資や持続的なコスト削減活動など、さまざまな要素が組み合わさって価値向上が実現されてきたようです。今日は多くの経営者がうらやむ花王の持続的価値向上の秘訣をじっくりと聞き出していきたいと思います。 澤田:その答えは比較的明確なんです(笑)。花王は今年で創業130周年という歴史のある会社です。起源は1890年に発売した「花王石鹸」にあるのですが、歴代の社長を含めた先輩たちが書き残した記録を振り返ると、その当時から今日まで、常に変わらず語り継がれているものがあります。それが、「熱き想い」と「健全な危機意識」です。 花王石鹸は輸入品に負けない国産の良質な石鹸を日本の消費者にお届けしようとしてつくられたものでしたが、花王グループの原点には「モノづくりを通じて役に立ちたい」という熱き想いがあります。それを入社以来、先輩たちに何度も何度も聞かされるのです。 一方で、想いを遂げるためには会社をしっかりと繋いでいかなくてはなりません。会社がコケてしまうと、熱い想いを達成できない。「役に立ちたい」というだけでは会社は続いていかないのです。100年前も50年前も時代の変化があり、それを乗り越えていかなくてはならなかったのです。その恐怖感を前々社長の後藤卓也は「健全な危機意識」と表現しました。だから熱き想いで上昇カーブに乗っているときでも、危機意識を忘れることはありません。 中神:本当にそれだけですか!?どんな会社も、創業間もないころには社会の役に立ちたいという想いと、一方で自分たちは簡単にコケてしまうかもしれないという危機意識の両方があります。みさき投資もまだ創業4年目のベンチャーなので、私たち自身もその両方を感じているつもりです。 でもその想いを継承していくのは、実はすごく難しい。事業がいったん上手くいき始めると必ずゆるみが出てくるからです。 特に花王ほど成功してきた会社であれば、簡単にゆるみが出てくるもので、「健全な危機意識」を持ち続けることは本当に難しいはずなのですが… 澤田:これも答えはシンプルで、二つあると思います。一つは、決して成功ばかりしてきたわけではないということ。事業でも研究でも、それはそれは沢山の失敗をしてきました。でも失敗してもそこから学び取るからこそ、次の成功があります。想いと危機意識を支えているのは、この「挑戦し続ける」ということです。 もう一つは先ほど言ったように、先輩たちから熱き想いを何度も何度も聞かされるということです。例えば、昭和53年に当時社長だった丸田芳郎が設立間もない栃木研究所で語った「研究開発にかける想い」という文章があります。その中では、「基礎研究をするから継続的に商品開発ができるのだ。基礎研究なしに、世に商品を出す研究ばかりしていてはダメだ」と2時間近くも熱く語っているのです。 今の花王では「本質研究」と呼びますが、私たちもまさに同じ想いを持ち続けています。これを大事にして毎年200億円、50年で1兆円を研究開発にかけることになります。昭和53年の文章に書かれているのと同じ想いが、今も承継されているわけです。 また、マーケティングについて書かれた昭和40年代の文章も見つけました。当時はまだマーケティングという言葉もなく、「モノの価値の伝え方」という表題でしたが、それは「多様なライフスタイルに気付きを与えて、押しつけではなく価値を伝えること」と書いてあります。これも現在の花王に置き換えてもそのまま通じる考え方です。
澤田道隆
花王株式会社代表取締役社長執行役員
1981年、大阪大学大学院工学研究科プロセス工学専攻修士(博士前期)課程を修了。同年、花王石鹸株式会社(現花王株式会社)に入社。素材開発研究所室長を経て、2003年、サニタリー研究所長に就任。ベビー用紙おむつ「メリーズ」の再生に寄与。2006年、執行役員。2008年、取締役。2012年6月28日、代表取締役社長執行役員に就任。現在に至る。大阪府出身。
中神:挑戦と危機意識について、もう少し聞かせてください。澤田社長自身が語られている言葉も大変興味深いのです。「経営者はやらないリスクよりも、やるリスクを取るべきだ」と仰っていますね。まずはメンバーがとにかく精一杯、挑戦する。失敗したら、その責任は経営陣が取ればいいのだから、迷ったら必ずGOなんだと。花王の挑戦精神が現れているようです。 澤田:これは私が2012年に社長に就任したとき、それまでのリスクの取り方を思い切って変えるために発信した言葉です。 前任の尾﨑は04年に社長の任をバトンタッチされましたが、それ以後06年のカネボウ買収、08年のリーマン・ショック、09年のエコナ販売停止、11年の東日本大震災と経営環境の激しい変化が続き、私の社長就任当時、会社は非常に厳しい状況にありました。 そのため、投資判断をするときにも腰が引けてしまい、「やらないリスク」を取ることもしばしばありました。でも、企業経営には波がつきもので、下がったときにこそ次に上がるためのヒントが沢山ある。そこで私は景気の変化に乗じて、一人でも強い想いを持っているのならばまずはやってみる、「やるリスク」を取ることに大きく舵を切りました。 そこで掲げたのが「脱デフレ型成長モデル」です。積極的に売上を拡大し、利益も上げ、その利益を使ってまた投資をする。 ただし、その代わりに資産は有効に使わないといけない。なぜならば、新しい投資で新しい資産を作っても、そもそも今の資産を有効に使えていなければ新しい資産も有効に使えるはずがないからです。 その「資産の有効活用」という大前提と、脱デフレをセットにして発信し続けました。そこには、厳しい時代を乗り切ってきた先輩たちが残してくれた資産を徹底的に活用して 、次にバトンタッチしていかなければという熱い想いがあります。 中神:「資産の有効活用」はみさきが重視している資本の生産性とか「超過利潤」とシンクロしてきます。花王が昔から経営指標として重視しているEVAとも関連しそうですね。一方でEVAは通常、リスクテイクにはつながりづらい指標のように捉えられがちです。 澤田:EVAは1999年、フロッピーディスクなどの情報事業から撤退した時期に導入しました。結果的には情報事業は大きな失敗でしたが、それがあったからこそ化学屋しかいなかった花王に物理屋や数学屋が入ってきて、シミュレーションなどができるようになりました。 こういった失敗を次の成功に結びつけるには、個別事業のPLだけを見ていたらダメです。会社全体が持つ資産、すなわちBSをよく考えなくてはなりません。 また情報事業のようなリスクが取れたのは、従業員や社会だけではなく、株主というステークホルダーがいてくれるからだと思います。 その存在を忘れないようにしようと、NOPATから資本コストを差し引いたEVAを重視するようになりました。花王にとってEVAは、新たな分野を開拓し成長軌道に乗せるための取り組みでもあるのです。 もっとも、EVAも長くやり続けていると途中からあまり効力を発揮しなくなってきました。そこで私が社長になってからEVA第2弾として、「資産の有効活用」という平易な言葉に置き換えて経営陣に再度定着を図りました。今後は第3弾として部門や個人の単位でもEVAを使いこなせるようにしていきたいと思っています。 EVAが最善だとは思いませんが、世にある経営指標は正直大して変わりません。それらをあれこれ持ってくるよりも、一つの指標を自分たちなりに上手く活用すればいい。花王にはEVAが合っていると思っています。 中神:多くの会社は投資だ・成長だと、資本コストを意識せずにリスクを取ることに走るか、ROIC-WACCスプレッドといった財務的・収益重視の経営を指向するか、そのどちらかに向かうことが多いように思います。でも花王はEVAを使いながらその両方を目指す。これは面白いですね。 澤田:これは丸田や私を始め、研究開発出身の経営者が多いからかもしれません。 研究の本質は、相反する性質を両立させることです。例えば塗り心地のいい素材は剥がれやすい。だからそれを両立させるために研究するのです。両立が難しいものに挑戦しなければ価値がないわけです。 会社経営も同じです。花王は「両方やる会社」なのです。売上と利益の一方に偏る必然性は何もない。花王は日本ではトイレタリーのトップメーカーなので、両方追いかけてこそ業界のリーダーであることができる。社会貢献と利益ある成長も両方やる。トップを目指す会社には、それくらいの気持ちが必要だと思います。 中神:世の中にはあちこちで安易な主張が散見されます。例えばROE経営やEVA経営は米国的で、日本的経営には向かない、単なる株主の短期主義ではないのか、などと。でも花王の経営を見ているとどうもそうは思えません。 私は、経営とはそもそも「トレードオフの克服」なんだと思います。成長と資本生産性、一見米国的なものと日本的なもの、短期業績と長期の投資、従業員と株主、顧客と仕入先…。様々なものが時として利害が対立する、簡単には両立できないものを何とかしないといけない。 でもそれこそが、経営の神髄ではないでしょうか。どちらかだけを取り上げるほど楽なことはないわけですが、そんな楽をした経営は結局持続しません。実際、見渡してみても本当に優れた経営者は、従業員も株主も、利害の異なる周りのヒト全てを幸せにしているようです。
中神:澤田社長の語録でもう一つ興味を引いたのは、一日の業務の終わりには必ず30分、落ち着いて考える時間を持つという話です。それも小林陽太郎さんから貰った「素心深考」という色紙を見つめながら、思索の時間を持っているとか。 澤田:一日の終わりにはバタバタとするのではなく、19時に帰ろうと思えば18時半には手を止めます。そして「素心深考」と名付けたノートに、その日に考えたことを書き出して整理します。 新規事業はこんなことをやってみようという事業のことから、中国出張に行ったらスマホ決済の浸透がすごかったという気になったことまで、全て書いてあります。 中神:なるほど。私もバタバタ動いているとついつい仕事をした気になってしまうのですが、経営の大きな方向感を見失わないためにはそういう静かな時間を持つことは必要なことですね。 澤田社長の学習方法についても以前からお伺いしてみたいと思っていました。研究開発の出身なのに、ガバナンスやEVAなど、ある種、畑違いのような経営領域に精通していらっしゃる。それはどのような勉強や自己研鑽によるものなのでしょうか。 澤田:精通と言うほどではありませんが、何事も本質まで突き詰めて考えるということでしょうか。 研究なら相反する性能を両立させること。戦略ならその本質は戦いを略し、戦わずして勝つこと。財務会計やガバナンスも元々の得意領域ではありませんが、本質に戻って考えれば戦術が見えてくるという意味で、考える姿勢は共通しています。 中神:ある種の抽象化や普遍化、要素還元を徹底して、本質から考え直すと答えが見えてくるということですね。 一方でそうした内省的な面を持つだけではなく、異業種のトップとも積極的に交流し、優れたアイデアはどんどん花王の経営に取り込んでいるとも伺いました。 澤田:これは自ら飛び込んでいった方がいいと思います。昔は出ていなかった社長会にも、最近はほとんど出るようにしています。面白そうな方には私から声を掛けて、一度ゆっくり話せる機会を、とお願いします。他の経営者の方から学ぶことは多いので、機会をもらった時には花王の社員を代表して絶対に意味のある話を聞いてこなければと意気込みます。これぞという質問も準備して聞きに行くんです。 中神:やっぱり世の中では、社長という人種が一番面白いですよね。珍人種というか、もはや珍獣というか(笑)。 澤田:見た目と全然違う人も、その逆もいて、話してみないと分からないなと思います。また、話の運びようによってはイメージとは違う側面を引き出せることもあります。 ちなみにこの点で私が一番尊敬する人は、明石家さんまさんです(笑)。彼にかかれば見た目はイメージ通りの女優さんでも、まったく違う面が見えてくる。人間の多面的な部分を引き出す天才だと思います。 マネジャーの仕事も同じです。会社で一番大切なのはヒトという資産。「資産の最大活用」を図るためにはヒトに活躍の場を与えるのも一つですが、対話を通じて能力を引き上げてあげられるなら、それがマネジャーにとって最大の仕事です。
中神:私も澤田社長のようにいろいろと抽象的なことを考えるのが好きで、ニューズレター読者の方にはお馴染みの「みさきの公理®」というものを考えています。企業の価値(V)は事業(b)とヒト(p)の掛け算がベースになって、その上に経営(m)の巧拙がベキ乗で効いてくるという考え方です。 持続的価値向上を実現してきた花王のmを見てみると、単体従業員の3分の1が研究員という研究開発活動や、1978年から消費者の声を蓄積し続けている「エコーシステム」など、注目すべきmが数多くあると思います。 その中でも86年から5次にわたって続けているコスト削減活動の効果は劇的で、この間粗利率を46%から56%へ、営業利益率を6%から13%へと高めてきました。この驚くべき成果の中身や拘りを教えていただきたいと思います。 澤田:コスト削減活動は86年に丸田社長のとき、TCR(Total Cost Reduction)として始まりました。しかしそれは当時から、「仕事のやり方を新しく構築することが目的。結果としてコスト削減に繋がればよい」と説明されてきました。 コストをいくら削減できたかよりも、どのように仕事のやり方を変えたかが重要なのです。でも毎年やっていると惰性に陥りがち。そこで90年からは第2次の”Total Creative Revolution”などと巧みに言葉を変えてやり続け、今は第5次の”Global Transformation for Cost Reduction-S”に取り組んでいます。 今回もこれまでの仕事の「あり方・やり方・考え方」を全否定して、拘る部分と変える部分を選別しています。これまでに先輩たちが呼び掛けてきたことと同じ掛け声を、私が違う形で残していかなくてはならないと思っています。 中神:花王のコスト削減には、トヨタの改善マインドにも似たものを感じますね。それにしても「全否定」という強い言葉を使ってまで変えねばならないという想いの根っこはどこにあるのでしょうか? 澤田:これも危機意識です。変化の激しい時代の中では不連続な飛躍を図るべきだと考えています。今は業績も悪くないので、仮に少し落ちても以前よりは高い。それならばそうなる前に早く飛ばなければ、という危機意識があるのです。 だから会議のあり方一つにしてもそう。従来経営会議に上げるまでにコンセンサス形成のために行っていた会議は全て廃止しました。その代わりに「現場ラウンドテーブル」という時間を作りました。これは現場従業員10人ほどと私で3時間近くのフリーディスカッションを行うものです。こちらのほうが現場感を持って経営判断が素早くできます。 予算の立て方もそうです。従来型の事業部単位の積み上げは一切しません。中期経営計画「K20」でコミットした実質売上高CAGR+5%、営業利益率15%を目指すというKPIから出発して、どこにどれくらいの費用を掛けてそれを達成するのかというアクションの議論だけに集中しています。 中神:日本では大変な労力をかけて3年単位の中期経営計画を策定する会社が大半です。株式市場もそれを年単位で達成できた・できなかったと評価することが多いのですが、花王では経営として狙う高みだけを示す「ベンチマーク型」の中計方式なんですね。 世界的にはむしろこちらの方が主流です。この変化が激しい時代に、一年単位で業績を見通したり、達成した・しなかったと騒ぐことに大きな意味があるとは思えません。 中神:実はガバナンス大賞の面談のときに澤田社長の言葉で大変印象に残ったのは、「執行陣は夢を持った子どもたち」でなければならないという言葉です。そして社外を含む取締役は、親のような目で子どもの夢を見守ってやる必要があるとも。 今日のお話を伺っていると、夢とは「熱き想い」のことであり、親の目とは「健全な危機意識」のことであるようにも思います。 澤田:やはり相反することの両立が大切です。夢や想いだけで続けられるほど経営は甘くない。でも危機意識だけ持っていても夢がなければ辛い。それこそ毎晩飲んでも飲み足りない(笑)。だから夢を語りながらも、見えないところでもの凄く強い危機意識を持って経営しています。 そこまでしておけば、あとは人を信じるしかありません。経営トップが部下を疑ったらアウトです。親が子を信じるように、メンバーを信じます。そうすれば人間誰だって、期待に応えようとするものです。 中神:投資家も夢と危機意識を強く持った経営者を信じてお金を託すしかないということかもしれませんね。
中神:最後に持続的な企業価値向上を続ける上で澤田社長が大切にしていることを、他の経営者へのメッセージとしてお伝えいただけないでしょうか。 澤田:私が花王に入社する前、まだ大学3年生の時に当時社長だった丸田に直接貰った言葉があります。 化学を研究していると、反応で色や形が変わります。でもそれは本質ではなく、表面的な変化です。木でもプラスチックでも原子や分子で出来ています。だから「君は、表面的な化学の現象ではなく、原子や分子の動きに迫りながら、本質的なものの考え方をしなさい」と言われました。その瞬間、それこそ彼に後光が差すほど、物凄く迫力ある言葉に聞こえました。 それ以来、花王に入社して自分で実験をし、やがて同じ経営者の立場になって、この言葉の意味が段々と分かるようになってきました。経営では相反するテーマに直面することもままありますが、そういうときこそ原子や分子レベルにまで立ち戻って本質を考える。 人も同じです。その人の一面だけを見るのではなく、少しでも自分が現場に近づいて違う面を見てあげる、そして本質に迫った話をし続けること。その積み上げが、会社の持続的な成長に繋がるのだと思います。 中神:原子や分子のレベルで本質を考えていけば、日本型だ、米国型だというような表象的で不毛な議論は意味を失う、良い経営は普遍的だということですよね。今日は持続的価値向上の神髄に迫る話をお聞かせいただき、ありがとうございました。 2017年4月 花王本社にて
編集後記
今や「持続的/持続可能な」という言葉を聞かない日はないかもしれません。「持続可能な社会」「持続可能な開発」「持続可能な財政」、そして「持続的企業価値向上」。試みに、「持続可能」という言葉を新聞記事検索してみたら、この1ヶ月で1,000件以上もヒットしました。 では私たちはこの「持続可能な」という言葉をどのような意味で使っているでしょうか。国連が1987年に公表した資料によると、「将来世代の欲求を満たしつつ、現在の世代の欲求も満足させるような」と定義されているようです。 ここではたと気が付きます。親や先輩たちの世代はどこへいったのだろうか? でも今回伺った澤田社長のお話には歴代社長の講話や、先輩たちに熱く語られた「想い」など、130年にわたり繋がれてきたバトンの重みを感じる言葉がいくつもありました。そうして一人ひとりの先輩方の顔が思い浮かび、強い使命感や責任感を感じるからこそ、常に「健全な危機意識」が醸成され、事業・組織を持続的なものにしてゆけるのではないかと思います。 みさきでは最近ゴルフが流行っているのですが、飛距離を伸ばすにはテークバックをしっかり取る必要があると教わりました。そういえば飛行機が真っ直ぐ飛ぶためにも、十分な長さの滑走路が必要だそうです。どうやら、長く真っ直ぐ飛んでゆくためには、過去から繋がるものを大切にしなくてはならない。そんな自然界の物理法則からは、企業経営も逃れられないのではないでしょうか。 実はこれは株主も同じだと思います。流通市場の株主はついつい目先の株価ばかりを追ってしまいがちです。しかしいま私たちが市場で買える株式は、ずっと昔の株主が発行市場で引き受けた株式を連綿とバトンを渡されるように譲渡されてきたものです。私たちは果たして、企業の創業期に多大なリスクを引き受けた当時の株主の「想い」を引き継ぎ、同じだけの主体性や当事者意識を持って企業と接することができているか―。 私たちが運用するファンドでお預かりしているお金の多くは年金資産という、親や先輩の世代から託されたお金です。今では資本の出し手は分散してしまっていて、なかなかバトンを渡してくれた人の顔は見えませんが、だからこそ、運用者である私たちは顔の見える存在として企業とじっくり向き合ってゆかなくてはならないのだと思います。そう、顔洗いの「花王石鹸」を発売してからずっと、ロゴマークの三日月に「顔」が描かれている花王のように。
リサーチ・オフィサー 槙野 尚