みなさま、新年、明けましておめでとうございます。 2015年は「コーポレート・ガバナンス元年」と言われるほど、各種の制度導入やレポート発表があり、大きな進展を見せた年となりました。 一方で、正直に申し上げれば私自身はこれまで、複数の社外取締役や指名委員会制度導入といった外形(言ってみれば「ガバナンスのハードウェア」)整備には、熱い関心を持つことができませんでした… というのも、こういったハードウェア整備と、長期投資に最も大事な「持続的企業価値向上」との関連性が、判然としなかったからです。 しかし、今回、上場企業の中でも先駆けてコーポレート・ガバナンスに取り組んでこられてきたコニカミノルタ株式会社の松﨑正年取締役会議長にお話を伺ったことで、見方は大きく変わりました。 松﨑さんは昨年、ベストセラーになった『傍流革命』という本を出版され、その中で祖業撤退や事業の取捨選択・希望退職者募集といった厳しい経営判断の歴史を語られています。 対談に向けた私の事前興味は、「なぜコニカミノルタは(経営者にとってはできれば下したくない)厳しい決断を、しかも先送りすることなく下せたのか」という点に集中していました。 対談が進む中で気づかされたことは、日本企業が陥りがちな意思決定の陥穽を十分に意識したプロセス設計と運用上の工夫(言ってみれば「ガバナンスのソフトウェア」)の重要性です。 「コンピューター、ソフトがなければただの箱」という笑い話がありましたが、洋の東西を問わない直近の不祥事を見ると、持続的な企業価値向上もガバナンスのハードウェア整備だけでは実現しないようです。 今回の対談を機に、ガバナンスのソフトウェアの重要性が広く認識され、経営の最前線で戦っていらっしゃる経営者の方々の実践的なヒントになれば幸いです。
みさき投資株式会社
代表取締役社長
中神康議
中神:コニカミノルタさんは、カメラや写真フィルムという祖業からの撤退、増益の年に敢えて特別早期退職者の募集を行うなど、大胆な経営判断を行ってこられました。痛みを伴う改革に踏み切れず悩んでいる経営者も多いと思いますが、なぜコニカミノルタはこのような厳しい決断がいつもできるのでしょうか。 松﨑:それは、当社のガバナンスシステムに、そのような決断へと仕向ける仕組みがあるからだと思います。 当社のガバナンスシステムの特徴は、「監督」という役割に徹する人が運営していることと、そこに社外取締役の目が入っているということです。 執行側が仕切っている取締役会では、どうしても「結果」や「成果」に焦点を当てがちです。しかし当社の取締役会は監督側が仕切っているので、「課題」に焦点を当てて運営されます。 執行側は取締役会で事業の状況を報告するたびに、現状をどのように見ていて、不振の事業であればどのように挽回するのか厳しく問われます。問題を先送りできない仕組みになっているのです。 私が社長だったときにも、HDDガラス基板事業やヘルスケア事業は思うように結果が出ていませんでした。このとき社外取締役は、何度も「どう挽回するのか」と問うのです。だから執行側は自分で考えて答えを出さなくてはなりません。 結果的に構造的な市場の縮小が予想されたHDDガラス基板事業からは撤退しました。 中神:英語で”Elephant in the Room”という言葉があります。会議室の中に大きな象がいるのに誰も見えないふりをしている、という意味で、すぐそこにある明らかな問題から目を背けている、「知的誠実さ」からかけ離れた姿勢を表わす比喩です。コニカミノルタはまさにこの”Elephant in the Room”を許さないガバナンス運営になっているわけですね。 一方で、監督と執行を分離している会社は他にも多くあります。それなのに、これらの会社が必ずしも課題に向き合うことができていない中、コニカミノルタがガバナンスを有機的に機能させられるのは、どのような仕掛け、人選や運営の工夫があるのでしょうか。 松﨑:一つ目は、監督に徹すると決めた人がシステムを構築し、運営しているということです。当社では取締役会の議長の役割は執行ではなく監督に徹することとしています。 今はたまたま前任の社長が議長を務める形となっていますが、社外の人間が議長でも構わない。議長が経営課題に焦点を当てた議題を選定し、質問を促し、厳しい意見を言いそうな人に敢えて発言させます。それが監督に徹する人間の役割です。 二つ目は人選です。ある事業の状況を報告されたとき、まだ放置していていいのか、もう少し頑張るのか、それとも何か手を打つべきなのかを判断できる人間が取締役を務めることが必要で、そのためには経営トップを経験している人が最適です。 当社の取締役会では、課題に対して適切な質問が出ますし、この事業は売却する考えもあるのではないか、今なら買い手もいるのではないか、とある程度業界をわかった上での発言も出てきます。
松﨑正年
コニカミノルタ株式会社取締役会議長
松﨑:当社にはガバナンスの憲法として「経営組織基本規則」があることも重要です。自分自身は今後は監督に徹すると決め、統合後の初代取締役会議長を務めた植松富司が作ったもので、人が替わっても、世代が替わっても、これだけは守っていこうというものを規定しています。 企業では社長が「こうする」と決めればたいていのことは素通りで決まってしまいます。これは心地はいいのですが、とても危険なことです。経営者の資質に100%依存するのではなく、第三者がチェックする仕組みが必要だと、植松は考えたのだと思います。 中神:世間的には「社外取締役を何人入れるのか」といった外形に目を奪われがちですが、スチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードでも、大切なのは精神だと書いてあります。「経営組織基本原則」は、まさにコニカミノルタという会社をどう経営するのかという精神であり、「コード」そのものなんですね。 松﨑:規則ではどうすればガバナンスが機能するのか、第三者のチェック機能が果たされるのかということについて、本質的なことが書いてあります。 例えば取締役の総数と役割は規定していますが、その構成までは書いていません。社外取締役は何人が適切なのか、社内の非執行役員は必要なのか、執行兼務の取締役は必要なのかといったことは時々に応じて議論しながら決めた方がよいと考えています。 しかし、本質的なこと、例えば取締役会の議長は非執行から選ぶとか、経営の最高責任者は社長であり会長は置かないということは明確に書いてあります。 社長を辞めた人間が執行に携わり、影響を及ぼすことの弊害を、予め取り除こうとしているのです。 中神:社外取締役は人選こそが大事だと思います。「適切な社外取締役候補が見つからない」という言葉をよく聞きますが、コニカミノルタではどのような手段・プロセスで選任しているのでしょうか。 松﨑:当社では事務局が日本企業の経営トップ経験者を業界・専門分野などのデータと共にリスト化しており、それを参考にしています。また、指名委員会の各メンバーも、当社の監督機能を充実させるにどのような人が適切か、リストの内外から推薦して議論します。 指名委員会は毎年6月の株主総会後に新しいメンバーが決まります。私は非執行の取締役会議長ですが、指名委員会だけは委員になっています。委員長ではありません。 7月からどのような人が適切か議論を始め、例えば海外M&Aを考えていればそれに明るい人、IT関連事業の強化を考えていればIT企業を経営したことのある人など、具体的な要件を絞っていきます。そして10月までには第一候補を決め、指名委員長と議長の2人で直接お願いに上がります。 中神:総会が終わっても、全然ホッとできないのですね。プロセスを伺っていて、コニカミノルタではまず経営の課題を認識し、それに合わせて候補者のスペックを決めるという、「課題オリエンテッド」が徹底されていると感じました。 松﨑:多くの会社では監督される側が社外取締役を選ぶので、厳しい人は選びません。社長はけしからんと問い詰める人はノーサンキューでしょう。 しかし当社は監督に徹する側が選びますし、要件はあくまで課題オリエンテッドで定めるので、実際には大変厳しい人だったということもあります。社長にも候補者の案を提出させますが、実際に採用するかは全て指名委員会に委ねられています。 実は私も社長時代の5年間に毎年候補を推薦したのですが、実際に選ばれたのは1人だけでした(苦笑)。 中神:社外取締役の選任でこれだけのプロセスを踏むのですから、次期社長の決定にはもっと大変なプロセスがあるのでしょうね。 松﨑:ガバナンスコードは全73項目ありますが、当社はこれまでお話したようなシステムでやっていたので9割方は既に対応していました。 ただし、実質的にまだできておらず、重要性を認識したのがサクセッションプランです。従来当社では、「次の社長はこの人にしたい」と前任の社長が指名委員会に申し出、それを前提に指名委員会がプロセスを進めていました。 しかしサクセッションプランを充実させるため、社長が予め自分の後継としてはどのような要件が大事で、誰を候補と考えており、今後どのようなプロセスで絞り込んでいきたいか、指名委員会に報告し、そのプロセス自体について指名委員会の監督を受けることにしました。 これは、人が替わっても、代が替わっても守ってもらいたいことなので、経営組織基本規則に書き加えました。
中神:松﨑さんは社長として執行のトップを務め、いまは議長で監督役にある。 しかし日本人は先輩を慮ってしまうし、先輩も後輩には先輩面をしてしまうものなので、社長が議長になると厳しい議論ができないのではないですか。 松﨑:そのために社外取締役が4名いるのです。取締役会が社内の人ばかりだと、どうしても皆、前社長の方を向いてしまいます。しかし当社の場合、社外取締役が前社長とは違った意見を言うこともあるので、そうはなりません。 また、取締役会自身も毎年自己評価を行っています。議長はきちんと取締役会の運営を行っているか、議題の選定や進行の仕方は的確であったかなど、自由に意見を言ってもらいます。今は自己評価で足りていると考えていますが、将来的には第三者評価を取り入れるかもしれません。 中神:議長は議長のプロ、社長は社長のプロ、そして社外取締役は社外取締役のプロであって、それぞれの役割を認識し、役割に照らして正しく働いたかを評価されるのですね。 コニカミノルタは徹底的な機能集団なのだと思います。著書で語られた経営改革の背後にあるものが見えてきた気がします。 松﨑:経営改革の背後にあるのはガバナンスの仕組みです。当社では意思決定をクローズな形で行うことはありえません。 ですから、第三者に説明できない意思決定はしませんし、やったことは全てオープンにして評価を受けます。 中神:著書の中にも「投資家目線の経営」という言葉が出てきますが、そういうことでしょうか? 松﨑:確かに投資家の目線を意識することや、投資家に通用する経営をしようということは考えています。 しかし、投資家と企業の関係は何も特別なものではありません。上場企業としてパブリックな存在である以上、どういう経営をしているか評価を受けるのは当然のことだと思います。 顧客や取引先も、当社の行動や提供する商品で当社を評価し、選んでくれます。それと同じで、投資家も当社の経営を評価する存在です。 私は当社の持続的成長に向けた話に耳を傾け、それが上手くいくように意見を言ってくれる投資家に評価され、選んでもらえる会社になりたいと思っています。 中神:そうすると、なにも投資家を意識して経営しているということではなく、上場しているから投資家からもしっかりと評価を受けるべきだというだけのことですね。 そもそもコニカミノルタは機能集団であり、何事も課題に対して役割を設定し、評価を受ける。そのことが社内に対しても、社外に対しても徹底しているのだと分かります。
中神:みさき投資では「人に投資する」ということをとても大切にしています。特に経営者がHOP(=Hungry, Open, Public)な人であるかどうかを重要視しており、そういう人でなければ、お預かりした大事な年金資産を投資することはできません。その点、お話を伺っていてコニカミノルタには時間をかけてHOPが浸透してきてのだなと思います。 「持続的価値向上」については、「みさきの公理®」と呼んでいる投資原則を持っています。 これは企業価値(Value)とはV=(b×p)mで表されるというもので、事業(Business)と人(People)が価値の源泉であり、それに経営手腕(Management)が組み合わさることで指数関数的に価値が増大するという考えです。 b、p、mの各要素のうち、bとpは各企業や組織によって異なる、とても個別性の高いものです。 しかしmはあらゆる経営手腕・手法・スキルのことで、洗練されたマーケティング手法や事業ポートフォリオ管理、バランスシートやCCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)の管理、ガバナンスシステムの構築など、業種や国さえも越えて普遍性があるものです。 投資家はいろいろな業界、いろいろな会社を見ているので、本来、mについては優れた知見を持っているはずです。 コニカミノルタでも持続的成長に向けて意見を言ってくれる投資家を求めているとのことでしたが、投資家はたとえ個別事業については会社の人ほど詳しくなくても、優れたmのあり方については対話することが十分できるのではないでしょうか。 松﨑:そういえば投資家と話すとき、アナリストよりもファンドマネジャー、ファンドマネジャーよりもCIOといった上層部の方と話すと、mがテーマになることが多い気がします。 中神:それは面白いですね。運用会社でもトップに近いほど、自らも経営者の立場にあるからmの大切さが分かっている。だからmのことを深く聞きたいのだと思います。 残念ながら、経営者の中には日本の投資家と会っても数字の話しかしないので面白くないと言う人も多いようです。一方海外に行くとmの話をする投資家がいてすごく参考になるということで、これは日本の運用業界にいる人間として大変悔しいことだと思っています。 日本にはbもpも優れた会社が多いと思います。bは製造業なら世界のどこに出しても恥ずかしくない品質があり、サービス業なら高いおもてなしがあります。pも欧米の経営者のように従業員の何百倍もの報酬を貰う強欲な人もいないし、皆さん大変勤勉です。 せっかくこれだけ優れたbとpがあるのだから、これに優れたmが組み合わされば企業価値は大きく高まるはずです。 ガバナンスシステムを構築し、ベキ乗で持続的な価値につなげているコニカミノルタのお話を伺い、リアルにそう感じました。 松﨑:基になっている考え方は「持続的に成長する」ということです。私が社長に就任したのは09年でしたが、当にリーマンショック直後で非常に景気が悪かったのです。 もしあれがなければ、私も月並みに「規模の拡大」と、前の経営者が残した記録の更新に邁進していたかもしれません。 しかしとてもそのようなことは望める状況になかったので、長いスパンで見て成長を続けられる会社にしようと、そのための基盤を作ることを目標にしました。 ホールディングス体制から事業会社への再転換、不採算事業からの撤退、希望退職など、全ての改革の出発点が「持続的に成長する」ということです。人材育成も然りで、持続的に成長するためには常に次の世代、その次の世代を育てておかなくてはならないので力を入れています。
中神:最後に、みさき投資に期待することがあれば、一言いただけないでしょうか。 松﨑:みさき投資が目指していることには非常に共感します。企業が成長し、それを投資家が一緒になって応援することで、より持続的なものにする。 企業価値が上がることで年金の運用成績も良くなり、それは国民の生活にとってもプラスになる。みさき投資にはそのような拠って立つところがあるように感じます。 長期的な視野を持って企業の現状を見てくれるし、いつも「自分たちの考えはこうです」とはっきり伝えてくれますよね。そのような対話を重ねることは、企業にも投資家にもプラスになると思います。 もっともっと、日本でこのような投資家が増えればいいなと思います。みさき投資にはぜひその先陣として、今後もお付き合いください。 中神:過分なお言葉をいただきありがとうございます。「みさき」とは古い言葉で「御先」とも書き、貴人の先導役という意味があったそうです。 私たちも新しい時代の先導役になれるよう、頑張りたいと思います。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
編集後記
第2号のピジョン山下社長には、資本コストや資本生産性の考え方をどのように企業経営に生かしてきたかという、「ファイナンス」の側面からのお話を多くお伺いしましたが、今回松﨑議長には企業組織としていかに課題を先送りせず、持続的成長に向けて時には厳しい意思決定をも下してきたかという「ガバナンス」の側面を中心に、執行と監督それぞれの立場からのお話を聞かせていただくことができました。 コニカミノルタといえばマラソン競技の支援でも有名ですが、苦しいときも余裕があるときも鍛錬を怠らず、「経営組織基本規則」のような精神も大切にするその姿は、あたかも一人のマラソンランナーのようだと思いました。社内にはインテリジェンスと体育会のノリを併せ持つ「ビジネス・アスリート経営」という言葉もあるそうですが、これにも同社の経営姿勢がよく伺えます。 松﨑議長とは弊社中神がガバナンスに関する研究会でご一緒したのをきっかけに、折々、経営についてのディスカッションをさせていただくようになりました。対談の中で、「投資家は経営の”m”の知見を持っているはず」という話がありましたが、やはり松﨑議長のように現場で悩み抜き、洗練された考えを持つ経営者の方々との対話を通じてこそ、我々投資家も”m”の理解を深めてゆくことができるのだと改めて実感しました。 そして、このニューズレターの発行と同じように、我々が投資家の立場で学んだ『良い経営』を、エンゲージメント活動を通じて少しでも多くの会社に広げることが、投資家としての使命であり責任なのだと考えています。 マラソンランナーのような企業群の「御先」になるためには、我々自身ももっともっと足腰を鍛えなくてはなりません。2016年は「働く株主®」に加えて、「走る株主」としても、トレーニングに励みたいと思います。
運用部 アソシエイト 槙野