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NEWS LETTER みさきで『良い経営』を考える VOL.11

CROSS TALK

経営の独創性はどこからくるのか

中山 哲也

トラスコ中山株式会社

代表取締役社長

中神康議

みさき投資株式会社

代表取締役社長

まえがき

投資という事業は、「言葉の本来的意味」から見ると付加価値が薄い営みです。特にみさき投資が従事している上場企業投資の場合、誰もが買える上場株式を誰もと同じ値段で買い、誰もと同じ値段で売るしかない、自分で足せるものはほとんどないという営みだからです。 したがって、この脆い事業で持続的パフォーマンスを出そうとする投資家は、「経営審美眼」のようなものを鍛えなければならないのだと思います。もちろんそれは簡単ではないのですが、いくつかの会社に訪れると「寄木細工のように繊細に組み立てられた会社」という既視感を全身で感じることがあります。トラスコ中山もその一つです。 工具卸という古い業界の中、斬新な戦略を打ち出し、最後発ながら売上・シェアは急拡大。常識外れとも思える在庫投資や物流投資の対極には、高い利益率が存在します。 お客様からの無理難題や義理人情が通りがちなウェットな業界慣習の中で、手形はとうの昔に廃止、“拡販”という名の下に行われてきた押し込み販売も全廃する… 組織経営に目を転じても、全社員投票制の人事評価システムの導入、根回し一切禁止のうえ一般社員まで参加可能な経営会議、ブラック企業を通り越して漆黒企業とまで呼ばれた会社が、いまや賃上げ率は全国でトップ… 今回のみさきニューズレターは、そういった経営の独創性はどこから生まれてくるのかをテーマにしました。対談が進むにつれ立ち上がってきた命題は、経営者と芸術家の共通性―。 芸術の良し悪しに作品の号数や分野は関係ありません。そして経営の良し悪しも売上や利益の大小、あるいは業界の新旧などは全く関係がないはずです。 トラスコ中山はまだ無名といってもよい会社かもしれません。規模は決して大きいとは言えず、成熟業界にいることも確かです。それでも(あるいは、だからこそ?)中山社長の 「芸術家魂」は一級品だと感じるのです。 わずか数ページに圧縮せざるを得ない本誌で、その本質に迫るのはいささか無理があるのですが、その感覚をみなさんと少しでも共有できれば幸いです。

みさき投資株式会社

代表取締役社長

中神康議

目次

誰もが行く道の先に「成功」の文字はない

中神:トラスコ中山は工具卸としては 最後発ながら、業界屈指の業績を実現してきた会社です。10年平均の売上成長率は業界平均2.5%に対して5%、営業利益率は業界平均3%に対して8%。我々も職業柄、いろんな会社をみているつもりですが、トラスコ中山は単に業績が良いだけでなく、経営のユニークさが群を抜いています。 今日は中山社長の経営を掘り下げつつ、経営のオリジナリティとは何か、それはどこから生まれてくるのかに迫っていきたいと思います。 まずトラスコの事業で特徴的なのは、「在庫は磁石」という言葉です。でも一般には在庫は軽いほうが良いとされますよね? 中山:常識や定石というのはそれなりに納得感のあるものです。「在庫は少ない方が良い」と言われると、いかにもそんな気がしてきます。 しかし、もし在庫を減らしていたら、現在の当社は存在しないと思うのです。 工具卸という事業にとって、在庫はお客さんに価値を提供するための手段です。在庫が少ないと経営数値的には確かに良く見えるかもしれませんが、それでは品揃えや即日配送といった価値は提供できません。 最近急成長し始めたネット販売業者向けビジネスも、お客様に在庫とシステムの価値を認められたからこそ捕捉できた事業機会なのです。 面白いことに同業の卸業者に対する売上も増えてきました。小口注文の場合にはメーカーに注文するよりも、当社経由の方が早く安く商品を調達できるからです。 世間の常識に挑戦して、初めて見えてくることもたくさんあります。 例えば、在庫を増やすと残業が減るというと驚かれるかもしれません。 でも在庫をたくさん持つことで、時間のかかる発注オペレーションが劇的に楽になるのです。 在庫削減をアドバイスするコンサルタントは、こうした在庫の威力には気付いていないのではないでしょうか。 実際、我々の戦略は業界の常識外れなのかもしれません。他社からすれば、正気を疑われるほどの在庫投資・物流投資もしてきました。 その意味では堅実経営ではないのですが、結果的には堅実経営以上の業績を上げてこられたと思います。 中神:他社とは違うことをやって、しっかりと業績を上げる。まさに中山社長の言葉にある「独創経営」ということですね。 中山:日本ではなぜか、堅実経営が評価されがちです。しかし、堅実経営とはいうのは実は、「臆病経営」を言い換えているだけではないでしょうか。 堅実経営を唱えて伸びた会社なんて、周りを見渡してもほとんど見当たりません。 会社は過去と同じこと、他社と同じことを続けるだけでは成長できないのだと思います。誰もが行く道の先に「成功」の文字はないのだと思うのです。

中山 哲也

トラスコ中山株式会社代表取締役社長

1958 年生まれ、大阪府出身。 中山機工(現:トラスコ中山)創業者の中山注次氏の次男として誕生。 大学卒業後、家業のトラスコ中山に入社し 1984 年同社取締役、1994年より同社代表取締役社長。在庫・物流・システムへの積極投資、業界初の手形取引全廃、人事制度に早くからオープンジャッジシステムを導入するなど型にとらわれない経営を進める。

事業の原点に立ち返る ことで独創性の萌芽が見つかる

中神:とはいえセオリーに挑戦するというのは決して簡単なことではないはずです。 元経営コンサルタントとして言わせてもらえば、中山社長が挑戦してきたのは、いわば「分散事業の規模事業化」とでも呼ぶべき大きな戦略軸の転換なんです。 実際、 1拠点30~50億円もかけた物流施設を全国22か所に配置するなど、業界的には「顎が外れる」ほどの設備投資をしています。 長い歴史をもつこの業界で、なぜ最後発のトラスコ中山だけがこのような事業モデル開発に踏み切ることができたのでしょうか。 中山:実は、社長を継ぐと決まった当初は、戦略どころか会社をどのように運営していくかにさえ、悩みに悩む有様でした。 ところが、開き直って「そもそもこの会社はいったい何者なのか」という原点から考え直してみたところ、道が拓けてきた気がしました。 当社は工具卸ですから工具を販売店に売っている。でも、実際に工具を使うのは製造業です。ならば日本の製造業そのものに貢献しなくてはならないと考えました。そうして生まれたのが「がんばれ!!日本のモノづくり」という標語です。 もちろん標語を掲げるだけで差異は生まれません。 日本のモノづくりに貢献するためには何を実現すればよいか。それを考えた結果、日本全国津々浦々へのクイックデリバリー実現という姿が見えてきました。 それには、各地に大きな拠点を配置し、各拠点に大量の在庫を持ち、さらには自社配送の仕組みまで持つことがどうしても必要なのです。 こうしてできあがったのが現在の、在庫や物流拠点に大きな投資を行う事業モデルの原型です。 中神:「この事業の本質とは一体何なのか」「いかにして顧客や社会に価値を提供するのか」だけを純粋に突き詰めていくと、常識外れとも思える在庫や物流への投資は必然だった訳ですね。 中山:もちろん、最初から全てを見通して細かい戦略を立てることなどできません。ですが、一度原型ができると、自然と肉付けが始まります。 例えば「ここの支店と営業所なら倉庫を共有できるな」といった発想が生まれてくるんです。 ほかにも90年代半ばに行った米国視察がきっかけとなって、大規模物流施設の整備や集権的な商品・仕入管理を進めました。 まだインターネットも整備されていない時代でしたが、米最大手の工具卸では衛星通信を駆使して発注や在庫管理業務は本社に集約し、支店長は販売と人材教育だけに集中していました。 かたや当社の支店長は、社員の管理、仕入先の管理、在庫管理、顧客対応と、やらなければならない仕事が多すぎて、結局どれもが中途半端… 本来あるべき姿を考え直してみると、当然支店は販売に特化すべきです。ならば大型物流センターを作って、そこに仕入先・商品管理を一元化してしまえばよいと考えたのです。 以前は業界常識としてやっていた、いわゆる「拡販」もやめてしまいました。自分が売りたい商品を売り込むあまり、お客様の本当のニーズを捉えられていない。おまけに不要な商品ですから返品率も高い。一体何のための拡販なのかと… 自動返品の仕組みも導入しました。業界では返品をいやがる傾向がありますが、当社にはもとから在庫がありますから、単に倉庫に戻しさえすればよい。それなのに返品を受け付けないなんてナンセンスです。 今ではシステム上で返品を受け付け 配達と同時に返品を回収していますが、これは業界で稀にみる大サービスです。 中神:企業の存在意義に立ち返ることで戦略のプロトタイプが生まれる。それを起点に、ひらめきや気付きが生まれ徐々に戦略が洗練されていく… 長年の思考を積み重ねる中で、結果的に他社とは全く違った戦略が作られてきたのですね。 中山:営業のあり方も他社とはかなり違います。工具卸業界では営業が御用聞きに徹して無理難題にも応じながら関係を維持していくスタイルが一般的ですが、トラスコ中山はそこに重きを置いていません。 お客様であっても、理不尽なこと、間違っていることを言うこともあります。それら全てに応えていては会社は持続しませんし、なによりも社員が誇りをもって仕事ができないでしょう? 間違っていることは間違っているとはっきりいう。それで嫌われても、関係を切れないような存在になれば良い訳です。 言い方は悪いですが、「ホントはお前 のところからは買いたくないんやけど、それでも買わんと仕方ない…」と言われるような会社を作るのが究極の目標です(笑) 中神:それが「問屋を究める」ということなのですね。“切りたくても切れない”というのは関係づくりの真髄ですね。 顧客に提供している価値は何であって何でないのか、考え抜くからそういった発想がでてくるのでしょうね。

まっすぐに考えるから、自然と打ち手が見えてくる

中神:次に組織運営や人事制度にも光を当ててみたいと思います。 まず特徴的なのは、人事評価制度に表れている透明性、オープン性です。例えば「オープンジャッジシステム」ですが、これは評価対象者の上司の意見だけでなく部下・同僚など周囲の人の声も評価に取り入れようという制度です。 いわゆる360度評価ですが、トラスコの場合はもっと徹底されています。 中山:オープンジャッジシステムという制度の背後にあるのは、仕事場における「わだかまり」をなくしたいという考えです。 夜の新橋界隈で一歩のれんをくぐって見てください。上司は俺を分かっていないだとか、努力を見てくれないだとか、愚痴まみれですよね(笑) 社員が不平不満やわだかまりを持っていて、会社がうまくいくはずがありません。 当社も以前は普通の人事評価制度を取っていたのですが、声の大きい役員の部下ばかりが昇進してしまい、不平不満の温床となっていました。 そこで2001年から昇降格人事評価 に全社員投票制を導入することにしたのです。業務上の接点さえあればエリアや部署を問わず全社員が昇格の可否について投票権を持つことになります。 中神:全社員ですか⁉ 360度評価を導入している企業はたくさんありますが、全社員というのは聞いたことがありません。 中山:全社員ですよ。所属部署内の評価に限定してしまうと、誰が評価したか分かってしまいますからね。 その代わり無責任な投票をしないよう、きちんとコメントを書くことを義務付けています。 周囲の人間全員が評価しますから、上司が、会社が…という愚痴も出てきません。 また、全社員投票制にすると人物像も立体的に見えてきます。上にへつらっているだけの社員、こびないので上司の評価は低いが周囲の信頼は厚い社員、なども浮き彫りになってきます。 中神:話を聞いていてマッキンゼーの 評価システムに似ていると思いました。 マッキンゼーでは、社内で尊敬され評価委員に任命されたパートナーは、1年のうち2か月近くを利害関係のない拠点の人事評価に使うそうです。 本当はそんなことに時間を割くのだ ったら、パートナーにはもっと仕事を獲ってきてもらいたいという誘因が働くはずなのですが、生身の人間を正確に評価するためには、そのぐらいはものともせずに時間を割くのだそうです。 多くの日本企業は「人を大切にする」と言いますが、公正な評価をし、フィードバックし、成長の機会を与えている会社にはめったに出会いませんよね。 オープンジャッジシステムでは全社員が大量のコメントを書きますから、それを読み込むだけでも相当なリソースが割かれているはずです。 でもそれぐらいしなければヒトの公 正な評価などできないし、わだかまりもなくならないということなんですね。 経営会議も他社と全然違います。毎 回一般社員がオブザーバーとして参加、議事録は1週間以内に全社に公開。時には社外の人も参加されるとか… 中山:隠すことなんかありませんからね。公開することで公正な議論の場になりますし、部下に見られることで上司の士気もあがります。 会議は午前10時ぐらいに始めて夕方までかかるのですが、審議に時間がかかるのは一切の事前説明やネゴを禁止しているからです。 でも、各起案者が方々に説明して回るより、トータルではよっぽど時間が短くてすみます。 中神:そう言われると当たり前に聞こえるのですが、ここまでオープンな経営会議は見たことがありません。 中山:別に変わった経営をしようとか、変わった会社を作ろうと思っている訳 ではないんですけどね(笑) 中神:報酬制度や福利厚生にも、こだわりがありますね。 昨年の賃上げ率は6.4%で全国トップ。かつてのブラック企業が今やホワイト500企業。福利厚生制度も何度も新聞に取り上げられています。 中山:賃上げについては3ヶ年かけて2017年が最終年度でしたが、やってきて本当によかったと思います。 昨今の求人環境の中で、今年は応募が5割増し。離職にも困っていません。 福利厚生でも独自の制度を作ってきました。 例えばおしどり転勤制度といって、社員の配偶者が転勤になった場合、一緒に近くの支店に異動できるよという制度があります。その方が社員は幸せですし、働き続けやすいですよね。 社員の人間ドック費用は世の中の多くの会社が負担していると思うのですが、当社は配偶者の人間ドック費用も負担します。社員に元気に仕事をしてもらおうと思ったら、家族の健康も大事ですからね。 最近、人手不足や採用難に対応して同じような仕組みを導入する会社も増えてきたのですが、当社では15年前からこうした制度を取り入れています。 中神:採用難対策として大慌てで制度 整備している会社とは、「動機の純粋性」が違うと思いますね。 何が社員のために良いことなのか、中山社長なりにまっすぐに考えた結果がユニークな打ち手につながっていると感じます。

思考を積み重ねなければ独創性は生まれない

中神:こうしてお伺いしていくと、微に入り細に入り、思考が張り巡らされていること、そして一つひとつが考え抜かれていることに驚かされます。 相当時間を割いてひとつずつ考えているのでしょうか。 中山:いやいや、一つひとつのことに そこまで時間はかけていられません。追い詰められている時の方が、むしろ良いアイデアが生まれてくるものです。 以前の当社はブラックを通り越した漆黒企業でした(笑)。ブラックを賛美するつもりはありませんが、漆黒から逃れようと必死に知恵を絞ることで独創性が培われてきたことも事実です。救いは、人の10倍考えれば、どんな 人でもそれなりのアイデアを生み出せることです。社員にはいつも、「人の10倍考えろ」「相談せずに自分の頭で考えろ」と言っています。 中神:それぐらい考えなければ独創性は身に付かないということですね。 中山社長の場合、一つひとつの思考にかけられる時間は短いのかもしれませんが、四六時中隅々までなにか考えているし、必死で考えていることが伝わってきます。 当たり前ですが、そうした思考の積み重ねが、結果的に独創性に繋がってくるのだと思いますね。

優れた経営者と芸術家に共通するもの

中神:会社のあらゆる要素が経営対象となっていることは、「物流を制する者が商流を制す」とか「最高当事者会議」といった言葉へのこだわりにあふれた有価証券報告書、上場企業屈指の読み応えある株主総会招集通知、情報量満載の社員名簿等々、様々な点に表れています。 実はこの本社ビル一つとっても免振設計、非常用発電などにとどまらない様々なこだわりがあるんですよね? 中山:コンセントの位置や数にもこだ わっています。初期コストは大した金額でなくても、後から付け足そうとすると意外とコストがかかりますからね。 水回りも同じです。特に排水は後から追加するのが難しいので、当初からその空間の利用方法をイメージしながら設計することが重要です。 各フロアには、わざわざ洗濯機置場も配置してあります。本職の設計士には怪訝な顔をされましたが、事務所利用でも意外と洗濯物は出るものです。ハンディキャップトイレも各階に配置しています。万が一、事業が傾いた場合でも、フロア単位で貸し出せることを想定したものです。 今は、全国に物流施設を5つほど建設中なのですが、全ての打ち合わせに出るので、非常に忙しくしています。 中神:施設建設の打ち合わせのすべてに出るんですか⁉驚きますね。 中山社長が愛読書だという社員名簿も驚くほど項目が充実しています。 中山:毎年の社員名簿の表紙にはその年に竣工した施設などの写真を使います。 名前、顔写真はもちろんですが、入社年月日、所属、自宅住所、携帯、趣味、血液型と幅広い情報をカバーしています。 最近ではさらに機能を高めるべく、「あなたは人をいつ凄いと思うか」という項目を加えました。それを見た他の社員が「こんなことを凄いと思うのか」と、難しいことに挑戦するきっかけになったら面白いじゃないですか。部署ごとの集合写真も普通の写真で はなく、絶対に面白い写真にしろよ、と言っています。面白くない写真だと叱り飛ばすんです笑。 なぜ今さら名簿なんか…という声もあるのですが、従業員の名前も知らずに経営者が発破をかけても、宙に向かって叫ぶようなものですからね。私は常に携帯しているんです。 従業員にとってもコミュニケーションの円滑化ツールです。初対面の人に連絡する時にも相手がどんな人物か分かった方が当然スムーズですよね。 中神:本当に隅々までのこだわりです。そのこだわりは一体どこから生まれてくるのでしょう。 中山:私は会社や経営をとりまく要素を一つひとつ磨くことが好きなんです。 「経営とは機能を高めることに他ならない」と思うんですよね。 社外に顔を広めたり、人的関係を強化したりするのももちろん大切な仕事です。しかし経営者であれば、単におしゃべりするのではなく、会社を磨くためのアイデアがその会話から得られるかどうか、アンテナを張っておくべきだと思います。 中神:ある種の会社に訪れると、隅々まで経営が行き届いているなと肌で感じることが多いのですが、どうもそのあたりに共通点がありそうですね。 経営者の思考の全てが「機能を高める」こと、その一点だけに向いている。経営をとりまく環境を常にそういう視点で捉えているからアイデアも生まれるし、経営が行き届くと。 中山:経営というのは目の前にある数個の要素だけ磨いていてもだめで、会社を取り巻く全ての要素を磨き続けることが大事なのだと思います。 積木やレゴで大きな家を作るようなもので… 一個一個手作業で積んできたものを、ガラガラと壊してやり直したことも、一度や二度ではありません。もう二度と昔には戻りたくないですね(笑) 中神:松下幸之助翁は「経営は生きた総合芸術だ」と言っています。 トラスコ中山と言う会社も、まさに中山社長が磨き続けてきた一つの芸術作品のようなものなんですね。 今回のニューズレターのテーマは「経営の独創性」ですが、考えてみれ ば、世の独創の最たるものは芸術です。 優れた経営者とは、実は一人の芸術家のようなものなのかもしれません。自分の作品を作り出すために、常に周囲にアンテナをはり巡らせ神経を尖らせておく、事業の原点や顧客への使命は何かとまっすぐに考える、答えはすぐに出ないわけですからしつこく工夫や試行錯誤を重ねる。細部にも驚くほどこだわるのは、それが自分の作品そのものだと考えているから… 精魂込めた作品を経営者が創りあげるプロセスには、みさきのような投資家は何の役にも立ちませんね… でも優れた芸術家には理解あるパトロンがいることも事実ですよね。 みさきも、こだわる経営者のそばで、応援している存在になれればいいなと思わされました。 本日は示唆に富んだ話を、ありがとうございました。 2017年12月 虎ノ門にて ※本誌に掲載されている企業についての言及は、当社の過去の投資実績、現在の投資方針を示唆するものではございません。

編集後記

今回のニューズレターで取り上げた「独創性」は一見すると、投資からは非常に遠いテーマです。特に私のように社会人生活の大半を金融業界で過ごしてきた人間にとっては、非常にとっつきにくいテーマでもありました。 乱暴な言い方をしてしまえば、金融の世界では与えられた情報を「常識」にしたがって処理し「正しい答を出すことを求められます。非常識な答を出してクライアントに損を出させてしまっては責任が取れないからです。みさき投資が属する投資運用業界もこの構造は同じ。アセットオーナーからお預かりした大切な資金を運用する以上、非常識な運用はご法度です。 でも、誰もが同じ情報に触れることのできる上場企業投資の世界においては、「常識的」に考えているだけでは誰もが同じ結論に達してしまい、それでは付加価値を生み出すことはできません。 常識を求められる世界で、いかに常識に挑戦し成果を上げていくか。これは優れた経営者が日々向き合っているテーマです。在庫を増やせば「常識的」な株主からは批判される。かといって、在庫を減らしていては成長できないし儲からない。「独創経営」を標榜する中山社長は、そんな板挟みと戦い続けてきたのではないでしょうか。 外部からのプレッシャーに晒されながら、常識に挑戦しつづけるためには圧倒的な自信が必要です。中山社長が「独創性」を発揮しつづけることができるのは、「人の10倍考えた」という自信があればこそなのだと思います。 我々投資家がリターンを上げ続けるために求められるのもこの「自信」にほかなりません。株式市場とは人々の常識を映す鏡。自信をもって人と違った投資行動をとるためには、人の10倍調べ、人の10倍考えることが不可欠なのだと気付かされます。そう考えてみると「独創性」も決して遠いテーマではありません。やはり投資家が優れた経営者から学ぶべきことは多いようです。 優れた会社・経営者と出会い、投資させていただけることは私たちみさき投資にとって無上の喜びですが同時に大きな試練でもあります。長い年月をかけて考え抜き磨き抜かれた「芸術作品」のような会社に、「働く株主」としてどのように貢献できるのか。そこで求められる思考量は「人の10倍」どころでは足りないのかもしれません。決して楽な道のりではなさそうですが、だからこそそこに付加価値があるのだと信じ、会社・経営を見つめ、考え続けて行きたいと思います。

インベストメント・オフィサー 勝野 泰典