今回で第10回目を迎えるみさきニューズレターのテーマは、最近盛んに叫ばれている「働き方改革」です。そしてご登壇いただく経営者は、大塚商会の大塚裕司社長です。 …と申し上げると、みなさんの怪訝な顔が目に浮かぶようです。大塚商会と言えば、複合機やPC・サーバー等の販売代理店業。「ザ・営業会社」そのもので、むしろブラック企業の典型、といまだに思っていらっしゃる方が多いのではないでしょうか? しかしそれは昔の話。さっとデータを見るだけでも、この15年で年間休日を10日も増やす一方で、平均給与は1.5倍になっています。そしてその背景には、一人当たり売上高は2倍、一人当たり営業利益額は6倍になったという驚くべき労働生産性の向上があるのです。役職定年も早くから廃止し、シニア人材の高度活用にも先鞭をつけています。 大塚商会の昔を知る人にとっては、まるでマジックのようなのですが、大塚社長は「当たり前のことをやっただけですよ」と言い続けます。それでもしつこく質問を繰り返すことで、ようやく見えてきた数々の仕掛け群とそれらの順列・組み合わせ。さらにその背後には独自の科学的経営と、(一見肥沃に見えない)既存事業領域への執着が潜んでいました。 前回ニューズレターで神戸大学三品教授から語られた「経営者としてのルーチン」が最後に姿を現してきたことも、とても印象的な対談となりました。 頭では「働き方改革」の必要性は分かっていても、現実の障害の多さに悩んでおられる経営者は数多いのではないかと思いますが、大塚社長のお話に学べることはたくさんあると思います。じっくりと味わっていただければ幸いです。
みさき投資株式会社
代表取締役社長
中神康議
中神:大塚社長とは、みさき投資を立ち上げる以前からのお付き合いですが、いつも大塚社長の経営には学ばせていただいています。 今日もお聞きしたいことは山ほどあるのですが、今回は世の中で叫ばれている「働き方改革」にフォーカスしてお話を伺いたいと思います。 昔の大塚商会は「ド営業」の会社、いわば「ブラック企業」の典型のようなイメージだったと思います。ところが、サービス残業の撤廃、ワークシェアリングなどに取り組んできた結果、今や驚くほど高い労働生産性を誇る会社になっています。 大塚:私が(一度、辞めた後に)大塚商会に戻ってきたのは、年商が2,000億円の頃ですが、現在では年商6,000億円を超える会社となりました。一方、社員数は当時からそれほど大きく変わっていません。それが、「改革」と呼べるようなものであったかは分かりませんが、生産性向上とコスト削減の観点からは、確かに「働き方改革」と言えるかもしれません。 中神:大塚さんらしい謙虚な話され方ですね(笑)。 実際のデータを見てみると、2000年以降で一人当たり売上高はほぼ2倍の7,500万円。一人当たり営業利益はなんと6倍の465万円となっています。 これだけでも驚くべきことですが、他社と比較してみると、複合機関連の製造業では一人当たり売上は2,000万円、営業利益は115万円程度なんです。 大塚商会は製造付加価値を取らずに約4倍の数字ですから、いかに生産性が高いかが理解できます。 それだけではありません。休日も増え、給与も1.5倍となりました。従業員満足度が向上した結果、10%あった離職率も3%程度まで下がりました。まさに、「働き方改革」が目指す姿、そのものではないかと思います。 大塚:私が社長に就任したころは、高度成長を経験してきた役員陣も数多くいて、「人を増やさないと、売上を伸ばすことなんてできない」という先入観があったように思います。ですが、私には人を増やさずとも売上は増やせるという直感がありました。 実際、社員からの「人を増やしてください」という声に対して「部下が増えるのと賞与が増えるのとどっちがいい?」と質問すると「考えさせてください」と言って帰っていく。そうして、2ヶ月ほど経つと「何とかなりました」と。 そんなやりとりを繰り返しているうちに、誰も人が欲しいとは言わなくなりました。人を増やさなくても意外と何とかなるんです。 中神:今日はその「何とかなる」秘訣がどこにあったのか、根掘り葉掘り聞いていきたいと思います。
大塚裕司
株式会社大塚商会代表取締役社長
1954年東京生まれ。父は大塚商会創業者の大塚実氏。1976年立教大学卒業。横浜銀行、リコーを経て81年に大塚商会入社。90年、同社を飛び出しバーズ情報科学研究所に入社するも、92年に大塚商会に復帰。取締役・経営企画室長として「大戦略」プロジェクトを指揮。93年常務、94年専務、95年副社長、2001年より現職。
大塚:社長就任当時から感じていたのは、会社の中にはムダがいっぱいあるということです。 大塚商会の発祥はコピー機の販売です。競合企業が大企業開拓を優先する中、当社は中小企業のお客さまにも電話一本で感光紙を届ける、すぐに修理に行くといったサービスを提供することで成長してきました。ところが、サービスを提供するために拠点を多数展開してきた結果、「ミニ大塚商会」とでも呼べる営業所が全国に300か所ぐらい出来てしまい、いつの間にか会社の全体像が見えなくなっていたのです。 データベースは統合できていませんでしたし、営業所ごとに業務方法や会計方針はバラバラ。拠点ごとの重複、反復作業も多く、在庫管理や与信管理もお粗末だったと思います。 会社全体で正しいデータが把握できなくなってしまった結果、私が会社を去った平成2年には70億円あった経常利益が、私の戻った平成4年には5億円にまで落ち込んでいた。これは大変だということで、チームを組んで会社のあるべき姿を目指して、何年もかけて取り組んできたのが「大戦略プロジェクト」です。 といっても、変わったことをしたつもりはありません。まずは、基幹系システムを再設計し、企業会計原則通りにしか売上が計上できないという当たり前の仕組みを作りました。拠点毎のローカルルールを排除したわけです。 同時に、これまで各拠点でバラバラに行われていた事務処理を一ヶ所に集約し、拠点が営業活動に集中できるような仕組みにしました。いわば銀行の本店と支店のような関係を作ったのです。 中神:分権型・分散型の業務をバラして再集約するとともに、営業所間の業務プロセスを統一して簡素化を図るという業務改革をしたわけですね。業務そのものに切り込んでシンプルにしないと、労働生産性はあがらないものですよね。 一方で、会計システムを一新されたように、IT投資も重要なファクターだったのではないでしょうか。 大塚:当時は、社内の様々なシステムが寿命を迎えており、汎用機を再リースしたは良いが、マシンのキャパシティが厳しいとか、部品が壊れたら全体が止まるという状況でした。 そこで、延命策としてPC-LANで基幹系を置き換えるという大冒険をしたところ、処理速度は汎用機よりも圧倒的に速くなりました。その後、正式バージョンとして現在の社内システムに置き換えるという二段構えでITシステムを入れ替えてきました。 中神:私は経営コンサルタント時代、ITについて多くのアメリカ企業にヒアリングする機会がありましたが、彼我の差は衝撃的でした。 日本ではメインフレーム上で自社ソフトを開発しているのが当たり前なのに、アメリカでは分散型システムとパッケージソフトを活用してコストを劇的に下げている。 日本のシステムはカスタムメイドなので、部門ごとの「ローカルルール」を取り込みながら開発されていくのに対して、アメリカではパッケージに業務を合わせるため、業務がシンプルに標準化されていく…。 本来、業務改革とIT投資はワンセットなのではないかと思いますが、この点は未だに日本企業は随分遅れているのではないでしょうか。 大塚:ITは経営の武器なんです。ですが、今の仕事をそのままITで置き換えるだけでは、それほど生産性は上がりません。ITという道具を武器にできるかが勝負の分かれ目です。 大塚商会には「SPR」と呼んでいる営業支援システムがありますが、「大戦略」を構想している頃から“データを活用した営業”というアイデアを持っていました。どんな業界でも普通に飛び込み営業活動をすると100件回ってようやく1、2件話を聞いてもらえるというのが普通で、これはどの業種でも似たり寄ったりです。 ところが、既にコピー機で取引のあるお客様であれば打率は上がりますし、展示会に来て当社に関心を示したお客様であれば、さらに打率は上がります。データに基づいてお客様を訪問すると、100人の営業が実質的には150人分、200人分の働きをすることができる。これが、IT・データを活用することの強みですね。 中神:やっぱりITは大塚商会にとって成功の秘訣の一つなんですね。 しかしせっかく整備したITインフラも、使う人の進化なしには、上手く機能しませんよね? 大塚:グループウェアを導入したのは基幹システムの入替と同じタイミングです。ですから96年頃には一人1台PCを使う環境が出来ていたのではないかと思います。でも当時はワープロで報告書を作ることもできない社員も多数いました。 これではダメだと思い、パソコンの社内試験を実施し、ITリテラシーの底上げを図りました。全社員に社内試験を受けさせ、半年かけて全員受かるまで再試験を繰り返し続けました。試験結果も成績順に張り出したのです。 また、社内のファックス連絡を一切禁止としました。社内会議の時間や場所の変更はメールのみで連絡することにしました。グループウェアを使えていないと、会議に来られず周囲にバレる訳です。これは効果てきめんで、会社上層部にも、仕事のやり方を変えなければという意識が定着しました。 中神:意識の改革なくして、IT導入による生産性向上はできない訳ですね。
中神:人事制度についてはいかがでしょうか。2007年には早くもみなし残業制度を廃止するなど、まさに今「働き方改革」のテーマになるような手を打たれてきています。 大塚:残業については、あれこれ理屈をつけてみなし残業の妥当性説明にエネルギーを使うよりも、残業代をきちんと支払った上で、残業そのものを減らすほうが早いと考えました。 残業代は経営指標の一つでもあります。残業代が増えているのか減っているのかを見ることで、人員配置や異動の判断に役立てています。 中神:残業代の「見える化」によって、残業自体を減らすということですね。 大塚:残業の判断は現場のマネージャーに任せていますが、申請時間とパソコンのログオフ時間や入退室記録との差が大きい場合には監査が入り、サービス残業をさせている、あるいは勝手に残業していることが判明すれば、処分の対象になります。 仕事をしたいというのも一種の「欲」なので、残業するなというのも変なのですが、無理を続けるのは良くありません。そのためのルールです。 中神:長時間労働を厭わない社風・文化の改革もまた「働き方改革」の重要な要素だったということですね。 大塚:休みも以前と比べて10日ほど増えています。生産性が年間で1割アップするということは、12ヶ月で13ヶ月分のパワーを投入することができるということですよね。そうして伸びた1ヶ月のうち半分を社員の休日に上乗せしてきた結果です。 中神:休日が増えただけでなく、給与も10年で1.5倍となっています。生産性向上の成果が、会社と従業員にうまく配分されているようです。 大塚:給与については、まずは社員が安定的に暮らせるだけの固定給を払いたいと思っています。 その上で、賞与や退職金はパフォーマンスに連動させています。年俸や職務ランクもパフォーマンスが高ければ上がりますが、パフォーマンスが下がれば、それなりの処遇に変わります。不公平感の無い仕組みです。 中神:業績と賞与の連動、昇進降格ルールの明確化も生産性の向上には欠かせないのだと思います。昇進降格に関しては、一度導入された役職定年制を2009年には廃止されていますね。 大塚:一時期は50歳を超えたら役職を全て外すという議論もあったのですが、結局は廃止しました。 役職が高い社員が仕事もせず、ただ偉そうにしているというのは批判されるべきですが、年齢が高くてもバリバリ仕事をしていたら処遇を下げる理由はありません。 その代わり、同じ仕事が無理になってきたら、別の仕事に移ってもらって処遇も変えます。そのほうがお互いにとって合理的ですよね。 不公平感の無いように退職金制度も変えました。以前の退職金は最終役職だけで決まっていましたが、ポイント制度を導入し在籍中の貢献度を全て退職金に反映できるようにしました。 中神:今で言うシニア人材活用に通じるテーマにも、早くから手をつけてこられた訳ですね。
中神:人材の活用に関してですが、大塚商会では教育面でも面白い取り組みをされていますね。 大塚:どんなに考えてチームを作っても「良い子」「悪い子」「普通の子」というのが発生します。 営業部の頃を思い返すと「良い子」は勝手に走ってどんどん業績を上げられるようになる。「普通の子」は指導すれば業績が上がる。ところが「悪い子」はなかなか動きません。 ですが、100のうち10の仕事しかできなかった「悪い子」が20、30の仕事ができるようになると生産性は2倍、3倍になっている訳です。 中神:普通の会社は「悪い子」に対しては「がんばれ」という精神論に終始しがちで、改善が見られなければ降格、あるいは、いずれは退職という流れになりがちです。 でも、大塚商会では「悪い子」の能力の底上げを図っている。そうした底上げができれば企業の力は絶対に上がりますよね。 大塚:底上げの方法はケースバイケースです。 SPRに頼りすぎて活動が鈍っている人には敢えてSPRの利用を禁止し、新卒のように名刺集めをさせることもあります。あるいは自己新記録を出したら図書カードをあげたり…。 褒められたことの無い人にとっては、そういった小さな成果が嬉しいんです。 成績が厳しい人たちを集めて2年かけた再生プログラムというのもあります。再生する人もいれば、そこで限界を感じる人もいる訳ですが、いずれにしても2年という時間をとってチャンスを作っています。それで動きだすことができれば、そこからは「普通の子」です。 中神:これは印象深い話ですね。営業中心の会社だと、成果を出していない人は社内に居づらくなりがちです。組織をあげて底上げをしようというのは、なかなか出来ることではない。 せっかく整備したITを敢えて使わせずに基礎動作を教え直すというのも面白いです。 大塚:100のうちの30を「まだ足りない」と考えるよりも、良く伸びたねと見た方がよい。そのように考えれば「悪い子」は宝の山な訳です。 中神:ここまでお話をお伺いしてきて改めて感じるのは、ひとことで「働き方改革」と言っても、それ自体は乱暴なコンセプトだということです。 もちろん改革できれば、みんなが幸せな訳ですが、それをどうやって実現するのか、どのような優先順位で何に手をつければよいのかといった現実解・ステップ論は、これまであまり語られていませんでした。 大塚:表面だけで「働き方改革」をやっても生産性は上がりません。 単に早く帰るだけでは会社が成り立つだけのパフォーマンスが維持できませんし、時短勤務やリモートワークを導入しても、生産性を維持・向上させるためのバックボーンがなくては「働き方改革」は成り立ちません。 大塚商会の場合には「大戦略」「SPR」「サポート部隊」といった仕組みで生産性を維持しながら、少しずつ改革を進めてきました。 「働き方改革」は基本的にはITがなかったとしても目指さなければならないことです。でも、ITは生産性向上、あるいは業務変革のための良いツールですから、それを経営者の武器として活用すれば良い。ましてや当社はITで食べている会社ですからね。それが紺屋の白袴ではいけない(笑) 中神:大塚社長の働き方改革は単なる「IT活用」に留まりませんね。「業務改革」「人事制度・社風の改革」「人材教育」といったいくつもの要素が調和して動いたからこそ成功を収めたのだと思います。 大塚:一つ一つは当たり前のことなんですけどね(笑) 中神:その当たり前のことをワンセットでやり切ることに「働き方改革」の難しさがあるのだと思います。
中神:ここまで大塚商会の「ワンセット改革」についてお話しいただきましたが、世の中にはそうした改革ができる会社と、そうではない会社があります。両者の間にはどのような差があるのか、残りの時間で、その秘密に迫って行きたいと思います。 まず、大塚社長の経営で特徴的なのは、科学的経営だと思います。データ主義、合理の重視といった経営スタイルです。 大塚:大塚商会では、毎月締め日の一週間前に、予算の進捗状況と当月の最終見込みの報告を受け、翌月初に速報ベースの営業報告を受けて、十日前後には前月の確定値をもって全マネージャー会議を実施するというのが、社内の大きなサイクルです。 私は全マネージャー会議には必ず、自分自身で5枚程度の資料を準備していって1時間半ほどかけて私の考えや思いを伝えます。 実は、この資料の準備に毎月4日間を当てています。細かくデータを見ながら会社の状態がどうなっているのか、どこに問題があるのかを考えていきます。自分で手を動かしてデータを拾って、長い間定点観測していると、会社の状況が手に取るように分かるのです。 中神:前回のみさきニューズレターで三品先生がおっしゃっていたのですが、「どんな仕事にもルーチンがある。経営者のそれは科学的経営であり、データを見ることであり、合理的に考えることである」と。 取引先と会うこと、現場を見ることももちろん大切なのですが、経営者の仕事が”ジャッジメント”である以上、データを見て合理的に考えることが経営者のルーチンとして必須だということでした。 大塚社長の毎月の4日間というのは、まさに「経営者としてのルーチン」なんですね。 大塚:それは大きいと思います。見込み値と実績値の差異、各種の財務や活動の指標などを見ていると、どこで他社に攻められているとか、この部署では人心掌握が上手くいっていないのでは、といったことも見えてきます。 様々な数字の動きと、自身の経験を合わせると、指標を逆読みして何が起きているかを把握することができるのです。例えば、チームがまとまっていれば、一つの指標がだめでも、別の指標については頑張るのが普通なのですが、何をやってもダメというチームがあります。これは人心掌握が上手くいっていないことの現れです。 中神:そういった経営者としてのルーチンがしっかりあるからこそ、業務や人事評価制度のあるべき姿などに対する仮説が出てくるのではないでしょうか? 大塚:その通りでしょうね。今取り組んでいる中央集権型から地域密着型組織への移行についても、こうしたルーチンの中から生まれてきたものです。 当社は、もともと地域密着型営業スタイルから始まったのですが、「大戦略」の過程で業務を本社に集約してきました。今度はそれに逆行するような動きなので、ループしているのではないかと言われることもあるのですが、ループしていても以前よりもレベルは一段階上がっているので構わないのです。 中神:大塚社長の経営のもう一つの特徴は「フォーカス」だと思います。 例えばM&Aに関しては「自分の会社もロクに経営できていないのに、なぜ他社の経営ができるのか」と話されています。海外にも無理に出て行かない。 中小企業セグメントというのは本来景気の影響を受けやすいセグメントのはずですが、それを気にせずそこに留まり続けている。 大塚:経営の基本的なところはずっとぶれていません。方針が大きく変わることがないので部下たちも迷いません。海外にだってわざわざ大塚商会が行く理由がない。そこにパワーを使うより今の事業に注力したほうが良い。 新規事業だって夢のようなことだけではありません。画期的な新製品で攻めるならともかく、大抵は別のプレーヤーがいる市場に後発で入って、お金を使って手間をかけて血を流し、なんとかビジネスとして成立すれば御の字程度の話でしょう。 中神:大塚社長のおっしゃる「変えない経営」ですね。経営者というのは、つい目先を変えたくなってしまうものですが、そこにエネルギーを使わない。 大塚:深堀りした方が面白いと思うんですよね。 中神:大塚社長の「働き方改革」の神髄もその辺りにありそうです。 勝負する領域を決めて徹底的に深堀りするという経営思想が根底にある。 勝負する範囲を決めているからこそルーチンに集中してデータを深く読むことができる。だから、会社の「あるべき姿」に向けたアイデアや発想が生まれてくる。 こうしたアイデアや発想をやり続けることは簡単ではないのですが、一点にエネルギーを集中しているからこそ、改革をやり抜くことができるということなのではないでしょうか。 大塚:特別に変わったことはしているつもりはないんですけどね。 中神:大塚社長はいつもそうおっしゃるのですが(笑)、「経営スタイル」や「経営思想」の確立なしに、普通のことをやり抜くことがいかに難しいか、改めて実感した次第です。本日はありがとうございました。 2017年9月 飯田橋にて ※本誌に掲載されている企業についての言及は、当社の過去の投資実績、現在の投資方針を示唆するものではございません。
編集後記
言っていることは正しいはずなのに、どこかピンとこない…。日々紙面をにぎわす「働き方改革」に対して、このように感じているのは私だけではないと思います。どうやらこの違和感の正体は、改革の片側ばかりが語られてきたことにあるようです。 「働き方改革」というと、待遇の改善、労働時間の短縮、人材の多様化といった労働力の調達、いわばインプット側の話ばかり取りざたされがちです。もちろん、少子化高齢化が進む中、働きやすい環境を整備することにより生産人口への参加割合を増やす必要があるという論理は理解できるものです。 しかし、アウトプットの話はどこへ行ったのでしょうか。企業が生み出す価値の総量が変わらなければ配分方法が変わるだけです。従業員が満足するだけでは「稼ぐ力」は上がりませんし、日本全体としての競争力向上、経済発展にもつながりません。 大塚社長が表面上の「働き方改革」ではダメと指摘する理由もここにあります。大塚商会が取り組んできたように、限られたインプットから大きなアウトプットを生み出すことこそが求められているはずです。 ここでふと思い当たります。インプットからアウトプットを生み出す?それは経営そのものではないかと。今回のインタビューで「業務プロセス」「IT」「人事」「社風」「教育」といった経営の幅広い要素が登場したことも、決して偶然ではないはずです。「良い経営」なしに「働き方改革」は成し遂げ得ないという、これもまた「当たり前」の事実に改めて気付かされた次第です。 日本の労働生産性はOECD加盟35か国中20位、先進国の中では最低だそうです。ですが、日本の人材クオリティがそれほどに低いとは思えません。むしろ質の高い人材を活用して、価値を生み出してこられなかった経営にこそ問題があったのではないでしょうか?そして、そうした状況を看過してきてしまった資本市場にも…。 ただ、悲観的になる必要もありません。日本株式会社にはグローバル水準で見ると「悪い子」も多数いるのかもしれません。しかし、見方を変えればこれもまた「宝の山」なのではないでしょうか。もし、そうした企業の経営が良くなり、生産性が2倍、3倍になったとしたら?そうした経営進化を支援することこそが、みさきの本懐です。 確かに、日本は人材不足の時代を迎えつつあります。「働き方改革」の制度化を待たずとも、生産性向上は避けては通れません。しかし、逆境に置かれてこそ経営は磨かれるのではないでしょうか。そう、大塚商会がバブル崩壊後の危機をバネに日本有数のクオリティカンパニーへと進化してきたように。
インベストメント・オフィサー 勝野 泰典