日本の企業社会には「眠れる獅子」がたくさんいます。
「眠れる獅子」とは、本来その企業が持っている潜在価値・フルポテンシャル価値が十分に引き出されずに眠っている会社のことです。
価値が引き出されていない理由は、企業によってさまざまでしょう。
(過去の呪縛、不透明な未来、不自由な意思決定、現代マネジメント理論の浸透不足…)
しかし、理由の如何を問わず、「眠れる獅子」をたたき起こせる主体は、常にたったひとつ…。
今回のみさきニューズレターは、ヤマハ株式会社の中田卓也社長をお迎えしました。
中田社長は、ついこの前までわずか2%程度だった営業利益率を12%程度まで劇的に引き上げた立役者です。時価総額も就任前の2,000億円規模から、今や1兆円規模に。業績や株価といった定量面だけでなく、企業風土や働く人の生きがいという意味でも、ヤマハは今やすっかり生まれ変わったようです。
対談を通じて、中田社長の経営術の高さを感じたことは事実です。事業経済性への深い理解、絶妙な組織設計、あるべきガバナンスへの洞察…。
しかし私が一番感銘を受けたのは、そういった経営術の背景にある「灼けつくような悔しい想い」です。ヤマハはもっと強くなるはず、ヤマハの力はこんなもののはずがない…。
経営トップが並々ならぬ情熱で真摯に潜在価値に向き合い、必要にして大胆な手を、しかも一気呵成に打っていけば、会社が持っている本来の潜在価値はいくらでも解放できるのではないでしょうか?
『悔しくて夜も眠れない』数多くの経営者にこのニューズレターをお贈りできることを嬉しく思います。
みさき投資株式会社
代表取締役社長
中神 康議
代表取締役社長
中神 康議
Speaker's
Profile
中田 卓也 / ヤマハ株式会社 取締役代表執行役社長
1981年、日本楽器製造株式会社(現ヤマハ株式会社)入社。2005年にヤマハ株式会社のPA・DMI事業部長、2006年に同執行役員、2009年に同取締役執行役員に就任。2010年にはヤマハコーポレーションオブアメリカ取締役社長に就任。3年間の米国勤務を経て、2013年にヤマハ株式会社代表取締役社長に就任。2014年からはヤマハ発動機株式会社の社外取締役を兼務。2017年より、ヤマハ株式会社が指名委員会等設置会社へ移行し、取締役代表執行役社長に就任。
実力を解き放つ出発点―
『悔しくて夜も眠れない』
中神:中田さんは2013年6月にヤマハの社長に就任されてからわずか6年間で営業利益率を2%台から12%台まで高めてきました。売上高はピークから少し落としていますが、高収益体質に変革されてこられた。
本日は、中田社長がどのようにして劇的な収益性改革を進めてこられたのかを伺いながら、ガバナンス改革が果たしてきた役割についても理解できればと思います。
まずは、社長就任時の問題意識からお伺いできますでしょうか?
中田:私が社長に就任するはるか前の2004年に、ヤマハは営業利益のピークを迎えています。当時の営業利益450億円の内訳は、コア事業でない半導体が300億円で、本業の楽器音響はわずか150億円でした。
実力を解き放つ出発点―
『悔しくて夜も眠れない』
半導体事業では当時「着メロ」などの携帯音源がブームでした。でもCPUがもっと速くなると、プロセッサーがソフトで音源を処理できてしまう。「この利益水準は多分ピークアウトが早いだろうな」と思っていたら、本当に1年で下がり始めてしまった。
一方で本業はというと、当時は、「もう少しで電子楽器が次の収益の柱に育つ」と言われていましたが、これがなかなか立ち上がらない。
加えて問題だと思っていたのは、当時の業績が為替に大きく左右されていたこと。
そこまで為替に大きく振られるということは、「我々は提供している価値を価格に転嫁し切れていないのではないか」、「価値をきちんと説明できれば為替変動による価格調整をお客様に理解していただけるはずではないか」と考えていました。
「ヤマハの力はこんなモノではない」という想いを抱き続けていたのです。
中神:以前にお話をお伺いした際にも「悔しくて夜も眠れなかった」と仰っていたのを覚えています。
中田:その後、電子楽器の事業部長をやっている時に気が付いたのは、我々が値下げしてもお客様は決して喜ばないということ。
我々の提供している楽器という商品は、何かを達成するための「手段」ではなく、それ自体を持つことや楽しむことが「目的」なのです。
もし提供している商品が手段ならば、より便利で、より低価格な方法に置き換えられてしまいます。例えば時計を手段と捉えると、要らないことになります。携帯電話で十分ですから。
我々の提供している商品はそうではないよね、と。でも、「値段を上げると売れなくなってしまう」とか「競合に負けてしまう」という考え方が根強くあって、実際のところかなり収益性を落としてしまっていた。その辺りの考え方をまず整理しました。
よく考えると当たり前のことだと思います。でも日々の業務に追われると本来提供している価値を忘れて「何とか売り上げを伸ばそう」と考えがち。
楽器という商品を「目的」物と捉え直し、社内の皆が楽器の価値を真剣に考えるようになると、そこから先の考え方や行動はずいぶん変わります。
中神:手段と目的。本質を捉え直したのですね。それによって経営が最も考えなければならない「値付け」というテーマに取り組んだ。
中田:もう一つ、「総合力」という言葉も定義し直しました。皆、ヤマハは世界最大の楽器メーカーだといって「総合力」という言葉をよく使っていました。でも、「それって具体的に何だ?」と聞くと、誰も答えられない。
私に言わせると単なる逃げ口上。それを言っておけば、皆分かったような気になる。言葉があやふやで曖昧。
私は、社長になるずっと前から「総合力」という言葉の意味を考えてきました。楽器が目的物であり、人とは違うものが欲しいという欲求が本質ならば、ユーザーとしては総合デパートで買うより専門店で買う方が感覚に合っている。供給元としても、徹底的に特化して、老舗として延々と拘っている会社の方が強いはず。
ヤマハは確かに大きいかもしれないが、構成要素の一つ一つが尖っている訳ではないので、総合力というのはむしろデメリットなのかもしれない、と。
それでもヤマハにも何か優れた点があるはずだと考えて辿り着いたのが「技術力が根本的に違う」ということ。
ヤマハは色々な楽器を扱っているため多様な技術やノウハウを保有しています。それらを掛け合わせていくことで本質を深めることができるし、革新を生み出すこともできるはず。
実はそれまでヤマハの組織は縦割で、「ピアノのことは、ピアノの知見のある人だけで、ピアノのためだけに」やっていました。
でも、会社全体としてこれだけの規模があれば、それなりの資金力もありますし、技術力もあり優秀なエンジニアも沢山いるはず。
この人たちをひとつのことに閉じ込めておくのはいかにももったいない。工場投資だって、普通の楽器メーカーであればできないような金額の投資もできる。これをしっかりやろう、と。
ここから出てきたのが「事業部制の廃止」という発想です。
事業部制は、見方によっては小さな会社の集合体でしかなく、それでは総合力が全然活きない。事業部制をやめ、もっと大きな視点で投資をし、技術者が色々なところと話をすることで、ひょっとしたら新しいものが生まれるかもしれないと考えたのです。
中神:「総合力」というコンセプトを、足し算ではなく掛け算として捉え直すということですね。
中田:私はかつて、新しいピアノを作り出すために、電子ピアノとアコースティックピアノを組み合わせた「トータルピアノプロジェクト」のリーダーをやりました。
その時、「アコースティックと電子楽器ではこんなにも考え方が違うのか」と衝撃を受けた。ものづくりからはじまる全ての機能で思考が丸っきり違うのです。ここでも「組み合わせると色々なことがありそうだ」と感じました。
このプロジェクトは、表向きは商品開発プロジェクトだったのですが、裏には仕事の仕方、生産技術、マーケティングなど色々な部分の掛け合わせを試してみるというミッションがありました。そこで掛け合わせをしてみると、実際に手応えがあったんです。
その後、私はアメリカに行きました。面白いもので、日本にいる時は自分の部門を「我々は」と第一人称で語りますが、向こうにいると全ての部門がフラットに見える。
そうすると各部門の色々な不具合が見えてきて、「この部門とあの部門がこうやって一緒にやってくれないと困る」というように、外部の目で色々と本社に物申していました。
でも立場が立場ですから、全社という大きな塊はなかなか動かせない。しょうがないなあと思いながらも自分がやれる範囲のことをやっていたら、「社長をやらないか」という話になった。
それから社長就任までの半年近く、自分が社長になったら何をどうするかを色々と考え、「まずは事業部をぶっ壊すところから始めよう」と考えました。
実力を発揮する仕掛け―
組織をひっくり返す
中神:そこを詳しく伺いたいと思います。中田改革を調べていて驚いたのですが、6月に社長に就任し、直後の7月に大きな組織変更を宣言したと思ったら、なんとその翌月の8月1日に新体制をスタートされている。大掛かりな体制変更を社長就任直後のわずか2か月間でやるとはとても大胆ですよね。
中田:アメリカ駐在当時から、「事業部が強過ぎるから、もっとコーポレートが関与すべき」とか、「事業部制を廃止せずとも生産部門は横串を通してやるべき」といった具申をしていました。
じゃあまずは営業部門から、ということになったのですが、議論が遅れに遅れて、私の提言から半年経ってもやるのかやらないのか決まらない。「現場に議論させたら何年かかるか分からない」という教訓です。
実は社長就任の発表直後に腰を痛めてしまい、2~3週間入院することになってしまいました。
ほかにやることもないのでベッドの上で色々と考えた末、過去の反省も踏まえて「組織改革は即やろう、しかもトップダウンで」と決断しました。
ヤマハでは、社長就任から1か月以内に、政府でいう施政方針演説のようなことをやります。私はその場で「組織を大きく変える」と宣言した。結構根回しをしていたつもりでしたが、まったく収集がつきませんでしたね(笑)。
一度、皆が集団で直訴にきたかな。人事部長とか本部長クラスが来て「こんな急な変革はできない」と。
できないって言ったって、組織なんて単なる形式でしょう。皆で納得してからやろうとすると、無駄な議論が始まってしまう。「しばらくガタガタするだろうけど、それで構わない」とか、「ダメだったら後で変えれば良い」と言って追い返しました(笑)。
社長が「もう決めた」と言ってしまえば、部下の皆は「収束させるためにどうするか」を考え始めるものです。
中神:とにかくこれでやろう、という発射台を独断で決めてしまった。
中田:その通りです。皆の言い分は、何千人もいる人を新しい組織にうまく割り振りできない、ということだったのですが、私はその時既に組織の箱とトップ人事だけは決めていました。
後はそれらのトップの人たちが自分のミッションに従って人の分捕り合戦をやるはず。それで収まるところに収まれば良い、と。
恐らく私の知らないところで後から修正がいっぱい出たのだと思います。
中神:少し一般化して言うと、中田さんはヤマハが本来的には持っていた力を、組織変更を通じて解放した。それによって総合力を掛け算で発揮させ、収益力を劇的に向上させた。
そのために何が必要だったのかというと、まずは「自分たちが提供している価値とか本質は何なのかを考える」ことですね。
そして「少し離れたところから会社を見てみる」ことも必要なのでしょうか。アメリカから日本を眺めることで各部門を客観的な目でフラットに比較することができた。
また「じっくり構想する時間」みたいなものも必要そうですね。それまでの経験を通じて堆積していた思考を、2~3週間の入院で練り上げた。
そして「トップダウンで一気呵成に」組織を変えた。そうやらないと、潜在力を解放するための発射台を作ることなどできない、ということでしょうか。
中田:そうだと思います。ポテンシャルがあるのに何がそれを締め付けているのかと考え続けていくと、制度疲労を起こした「事業部制」や「事業部別損益」に辿り着いた。
事業部制も作った当時は意味があったのだと思いますが、組織というのは面白いもので、10年20年経つと作った時の目的がどこかに行ってしまって形式だけが残ってしまう。
貧すれば鈍するではありませんが、ある事業では利益が出なくなり「本来ここで投資をしておかなければならないのに…」という状況を見てきました。
事業部制をやめ機能別組織にすることで、資金配分などの意思決定を経営トップが全社レベルの判断で行えるようになる、と考えました。
中神:確かに経営改革では全社レベルの最適資金配分が必須ですね。
中田:事業部に判断を任せたら、全社の最適資金配分などできない。
だから私は暴言を吐いたんです。「この程度の売上高の会社で事業部が10も20もあるのはオカシイ!」と。
中神:組織の切り方には事業別・機能別・顧客別・地域別などのオプションがありますが、通常、機能別組織は利益意識がむしろ薄くなりがちです。
ところがヤマハは、事業別組織の時は利益が出ずに、機能別組織へ転換することで収益性が大きく改善した。
中田:結局、当時は事業部制の弊害が際立っていたのだと思いますよ。
組織は生き物だから“旬”がある。組織形態なんていうものは、ある目的を達成するための手段なわけで、状況が変わってきたら変えていけばいい。どの形態でも、時間が経ったら弊害が目的を上回ってしまうものです。
機能別組織にはもちろんデメリットもありますが、利益の考え方や管理会計の仕組みを変えることで利益管理を徹底しました。
まずは“利益責任”の範囲を大きく変え、生産には「コストダウンの成果だけを見るよ」、営業には「売上成長の成果だけを見るよ」、と伝えました。つまり逃げ道をゼロにしてしまう。
販社に利益を求めると、販管費を調整して何とか利益を出してしまう一方で、メーカーとして大事な生産稼働率への意識が薄れてしまいがち。楽器事業は限界利益率が高いですから、販社で粗利を稼ぐよりも工場を高稼働させる方が利益ははるかに上がるんです。
そして全ての収益をバーチャルの事業本部で管理するように、管理会計の仕組みを変えてしまいました。例えばピアノならピアノの横串で事業収益をみる責任者を置くのです。
中神:機能ごとにKPIを単純化して責任を持たせるということですね。
そうすると事業本部という存在は、プロダクトマネージャーやブランドマネージャーのような位置付けに変わるということでしょうか。
中田:その通りです。結局、組織はどこまでいっても縦と横の組み合わせで、その時代時代でどちらかを強くしなければならないということだと思います。
もちろん、全てのセクションの評価に全社利益も反映させています。全社利益に貢献しないと取り分が減ってしまいますよ、と。
このバランスは実は今でも動かしており、どういうバランスだと皆がベストパフォーマンスを出せるのかを色々と試しているところです。
中神:中田さんは言ってみれば「組織のマジシャン」ですね。事業別を機能別に変えるだけでなく、ちゃんと各機能にふさわしい目標やKPIをシンプルに定義している。そして”旬”を見極めながら軌道修正し続けている。
中田さんの収益性改革の柱は、他にもいくつかあったと理解しています。
中田:一番簡単だったのは、工場の生産性改善です。事業部制で工場の所属が全部バラバラだったので、工場間のシナジーはありませんでした。
その状態で単に「在庫を減らせ」みたいなことを言うので、どの工場も第4四半期には生産を極端に落として期末の在庫を抑え、4月に入った瞬間に滅茶苦茶な稼働で作り始めるようなことをしていました。そこで、工場をしっかりと複合化した上で、期末在庫のことを言うのを一切やめました。
すると、工場が自ら考えて稼働を平準化するようになりました。それだけで数十億円の利益改善効果がでました。
価格については「適正化しろ」と言いました。これには意味があるんです。仮に値段が高いと思ったら下げても良い。それを含めて適正化だと。
値上げというと、「じゃあ、仕入れ原価に何パーセントの粗利を乗せよう」と考えてしまう可能性がありますが、価格を「適正化」しなければならないとしたら、お客様や競合をきちんと見なければならない。そして適正な値段をつける以上は、その価値をきちんとお客様に伝える必要がある。
つまり仕事のやり方を根本から変えるのです。実際のところ、皆それまで安売りし過ぎていたと思ったのか、価格は徐々に上がっていきました。
一方、これまでやってきたことは、単に安売りしていたものを適正水準にまで戻す取り組みです。
この先は製品の「価値」を更に高めていくことが必要です。機能的価値ではなく、情緒的価値や精神的価値をもっと強く訴求する。
楽器は目的物なので、機能だけでは値段は付かない。お客様に満足していただける要素を引き出せば、価値はもっと上がるはずだと考えています。
中神:中田改革はこれまでも随分大きな成果を上げてきたわけですが、今は何合目という感覚でしょうか?
中田:まだ5合目くらいでしょうか。
2016年の中計策定時に、我々は10年先にどういう会社になりたいかを議論し、「なくてはならない個性輝く企業になる」という結論を出しました。
大枠だけ示したので、あとは皆それぞれ考えてくれ、という状態です。
ヤマハを「なくてはならない会社」にするためにはどういう人事制度や財
務戦略を採るべきなのか。事業部門だけでなく、スタッフ部門も実はそれに大きく貢献できる。
すべての部門が、仕事の発想というか、基準や原点を変えてほしいのです。
ガバナンスの形式は、
実質を確かなものにするための手段
中神:私は日本取締役協会による「コーポレート・ガバナンス・オブ・ザ・イヤー」の審査委員の一人として、先日、Grand Prize Companyにヤマハさんを選ばせていただきました。
私が考えた選考理由は、「実質と形式を同時に」変革してきたから。
経営の実質をどんどん変えてこられた中で、指名委員会制度導入などの形式をどのように整えてきたのかをお話しいただけますでしょうか。
中田:形式を満たすために取り組んできたという感覚は一切ありません。この会社を良くするためにこの形を使わせていただいているということです。
中神:それが本来的なガバナンス改革の位置づけだと思います。
具体的には指名委員会等設置会社への移行、社外取締役比率の引き上げ、執行役の導入など、これまでに様々なガバナンス改革を実行されてきました。
中田:実は監査等委員会設置会社も選択肢として考えたことがあります。
指名委員会等設置会社に決めた理由は、執行役員連中がことあるごとに「それは取締役会で決めてほしい」と言っていたことなんです。
これはいけない。社外の目で経営の妥当性などをチェックしてもらうのは良いが、「決めるのは自分たちなんだ」という強い覚悟がなければダメだ、と。
調べてみたら、執行役は株主代表訴訟の対象になり得るじゃないですか。
別に執行役員を脅すつもりはないですが(笑)、そうなるかもしれないという強い危機感を持って執行にあたってほしいと考え、執行役員という制度から、指名委員会等設置会社が要求する執行役という制度に変えました。
中神:モニタリングボードという先進的制度を導入されたということですね。
モニタリングボードの下で執行と監督がアクセルとブレーキとして機能するという仕組みは、事業改革とどのように連動しているのでしょうか?
中田:我々の強みである「総合力」をきちんと理解しているのは、あくまでも内部の役員です。事業を良く分かっている人間が意思を持って「こうしたい」と議論することで、ヤマハの強みが最大限に発揮される。これがアクセルの基本です。
一方で、「我々の常識は世の中の非常識」。例えば工場投資など、ウチウチでは大義を語れてしまうものに対して「ふーん、それで?実際のところ、ROIはどうなの?」といった、世間の常識からのチェックを社外役員が行う。
ブレーキがきちんと踏まれる安心感があるからこそ、執行側は思い切ってアクセルが踏めるんです。
中神:ヤマハの有価証券報告書を読み込んでみると、リストリクテッド・ストック(RS)にクローバック条項などがあります。仕事柄、多くの会社の評価報酬制度を分析していますが、とても珍しいと思います。
中田:長期で全社最適を実現するための最後の「くさび」がRS導入でした。
ヤマハのRSは、中長期の財務KPIの達成度次第では、せっかくもらった株式を返さなければならない。先に支給しているのは、株主に対して我々のコミットメントを示すためです。
支給を金額ベースではなく株数ベースにしたのは、金額固定にすると株価が上がればもらえる株数が減ってしまい、短期的にはかえって逆インセンティブになってしまうためです。
「今だけでなく10年後のヤマハのことを考えないと、せっかくもらった株式が紙くずになるよ」、「もらった株式を生かすも殺すも10年後の経営陣にかかっているわけだから、次の経営陣を育てる感覚で経営していこうよ」と。
こうやってテクニカルな設計にも気を配ることで、皆が10年後のことを考え、将来の経営者候補として人材を出すようになりました。実はうちにはこんな優秀な人間がいて、この人間を経営陣に育てればヤマハの将来の企業価値が高まる、と。
中神:改革が徹底していますよね。技術的に精緻でもある。
執行役員という任意の制度から法的裏付けのある執行役制度にすることで経営陣個々人に責任を意識させる。RSを導入するだけでなく、クローバック条項を入れて経営陣の目をしっかりと将来に向けさせる。
ちょっと我田引水かもしれませんが、中田さんの背景思想は「経営が良くなれば企業価値は上がる、価値が上がれば株価もそのうち上がる」というみさき投資の考え方と通じる気がします。
中田:そう思います。株価は必ずしも業績とは連動しないという考え方もありますが、長い目で見ると相関しています。
中神:今日は日本にたくさん存在する「潜在価値を解放しきれていない」会社へのヒントを数多く伺えました。
一方で現実にはKPIをシンプルにするなど「普通に考えたらこれが良いのではないか」ということに踏み込めない会社もたくさんある。なぜでしょう?
中田:色々なことを考え過ぎているのではないでしょうか。
自分としては極めて自然なことをやっているだけです。私の役目は「ヤマハという会社をもっと良くする」という1点でしかないですから。
そういえば社内報の名前も“Symphonia”から“Passion”に変えました。
中神:ん?その趣旨はなんですか?
中田:企業経営では協調性よりもパッションの方がずっと大事だからです。
経営では、情熱を持って「こうありたい」という想いを強く持てば持つほど色々なことを克服できるものです。
中神:実質はあくまでもパッションの強さ如何で決まるということですよね。
中田:そう思います。形式は実質を確かなものにする手段の一つに過ぎない。実質があって形式を経由するなら良いですが、形式から入れば最初から形骸化してしまう。
中神:お話をお伺いして中田社長がヤマハの眠っていた実力をいかにうまく引き出したのかが良く分かりました。貴重なお話をありがとうございました。
2019年6月 浜松にて
※本誌に掲載されている企業についての言及は、当社の過去の投資実績、現在の投資方針を示唆するものではございません。
PDFはこちら
岩朝 武宗