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NEWS LETTER
 みさきで『良い経営』を考える VOL.20
CROSS TALK
金融がいま、果たすべき役割とは

大山 一也
三井住友信託銀行株式会社
代表取締役社長
中神 康議
みさき投資株式会社
代表取締役社長
みさきNLはこれまで、主として事業会社の経営者から、優れた経営思想やアプローチを伺ってきました。「みさきで良い経営を考える」というタイトル通り、優れた事業経営・組織経営からみなで学ぶことが、日本の企業社会を前進させることにつながると考えるからです。しかし今回のNLは、あえて金融界の方をお招きしています。 心ある金融家にはいま、共通した問題意識があるように思われます。 それは「我が国では(世界各国で見られる以上に)経営と金融が離れてしまったのではないか?資本主義の原動力である二つの力の結合・融合が弱まっているがゆえに、経済が低迷を続けているのではないか?」という問題意識です。 この問題意識に基づき、みさきは日々『働く株主®』モデルを追求しているわけですが、もちろん他の多くの金融家もそれぞれのアプローチを試みていらっしゃいます。今回はそんなアプローチのひとつをみなさんとも共有したく、三井住友信託銀行の大山社長にご登壇いただきました。 大山社長は昨年(2021年)4月の社長就任以降、パーパスに基づく経営、政策保有株式ゼロ方針の表明、5,000億円のインパクトエクイティ投資、全社員への株式報酬導入検討など、矢継ぎ早に施策を打ち出されています。 わずかな期間でこれほど迅速に動いている背景には、どれほどシリアスな問題意識があるのか興味津々でインタビューを始めましたが、出てくる言葉の端々には悔恨とも懺悔とも受け取れる悔しさと自己改造への強い覚悟が潜んでいました。 社長就任直後の入社式で、新入社員に「我々の世代が責任を持って決着をつける。君たちは、経営がそれにしっかり取り組んでいるか見届けてほしい」と語り掛けたというエピソードは、経営から離れてしまった金融を変えていきたいというメッセージなのだと思います。 「事業家は良い経営を行う。金融家はそれを黒子として支える。」 資本主義のこのあたりまえの原理原則を、事業家と金融家がそれぞれの立場で追求していけば日本の企業社会の明るい未来が待っているのではないか。そんな前向きな刺激をいただいた楽しい対談となりました。 今回のニューズレターが、みなさまの経営のご参考になれば幸いです。
みさき投資株式会社
代表取締役社長
中神 康議
Speaker's
Profile

大山 一也 / 三井住友信託銀行株式会社 代表取締役社長

経営企画部門の経験が長く、住友信託銀行と中央三井トラストHDの経営統合を含めて常に再編の最前線に身を置き、三井住友信託銀行の誕生に汗をかいた。

「チームで勝つ」がモットーで、協働して結果を出すことを重んじる。

2021年の社長就任後は、新マネジメント体制のありたい姿として「資金・資産・資本の好循環」を掲げ、政策保有株式ゼロ方針、インパクトエクイティ投資など様々な施策を打ち出している。

先送りしてきた課題に決着をつける
中神:本日は、「金融業の課題と可能性」というテーマでお伺いしていきたいと思います。金融にはアクティビズムや脱炭素など、様々な動きや投資機会が生まれている一方、エンゲージメント力をどう付けるのかといった課題も多い。 金融業はいま、社会から何を求められていて、何に応えなければいけないのか、今日はそのあたりをうかがっていきたいと思います。 大山:まず、我々の問題意識の発端から話を始めさせてください。私たちには「資金・資産・資本の好循環」をどうしても実現したい、という思いがあります。これは、当社のパーパスである「信託の力で、新たな価値を創造し、お客さまや社会の豊かな未来を花開かせる」に基づいた、社会的挑戦の象徴のようなテーマなんです。 中神:いきなり大きな話が出てきましたね。どんな背景があるんですか。 大山:私は昭和63年入社なので、会社生活の大半が平成です。平成という期間は、金融危機と再編を繰り返す激動の30年でした。その中で、金融機関はパイの奪い合い・生き残り策に終始していました。換言すれば、将来世代のことを考えたパイの拡大に真摯に向き合ってきたのか、金融機関としての本質的役割を果たしてこられなかったのではないか、という思いがあります。 ベースとなる原体験が、自分には2つあります。96年の日本版ビッグバンと、99年の公的資金注入や金融再編です。住専処理(住宅ローン専門のノンバンク「住宅金融専門会社」がバブル経済崩壊後に抱えた不良債権の処理)に一通り目処がついて、明るい兆しが見えてきた中で日本版ビッグバンが打ち出されました。 少子高齢化を迎える日本経済のために、当時の個人金融資産1,200兆円を有効活用して資金の好循環を生み出し持続的成長を図る、そして東京はNY・ロンドンに並ぶ国際金融市場へと再生を果たす、という大きな構想でした。バブルの後始末をやっていた立場からすると、ようやく日本も敗戦処理を終え、21世紀の金融改革に取り組むんだ、という新鮮さと高揚感がありました。 ところが99年以降の金融再編で、不良債権処理と金融システムの安定化が最優先になってしまった。当時、私は経営企画にいたのですが、生き残り策に終始し、本来あるべきテーマに取り組んできたのか。そこから既に25年近く経ち、我々は本当に何をやってきたんだろうと、忸怩たる思いがずっと心の中にあるんです。 中神:生き残りに必死な中で、社会に対する貢献や実体経済への貢献はできてこなかった、という悔しさがずっと続いているということなんですね。 大山:そうです。その悔しさのなかで、それでもずっと温めてきた夢がありました。それは、信託銀行が中長期的な資金の好循環の中核的役割を果たすべきじゃないかということです。 信託は、高度成長期には貸付信託で集めたお金を基幹産業に提供し資金循環を担っていました。その役割からすると、新たな時代の循環を起こすのは我々の歴史的使命、未来への責任じゃないかと。 その思いが背景にあり、昨年4月1日に社長に就任した際に、新マネジメント体制のありたい姿として「資金・資産・資本の好循環の実現」を掲げたんです。ちなみに、社長に就任した4月1日の最初の仕事は入社式なんですね。そこで何を喋ろうかと思ったときに、新米の社長が偉そうなことを言うよりは、金融界が先送りしてきた課題に真正面から取り組むということを新入社員に対して約束しようと思ったんです。 日本版ビッグバン構想当時1,200兆円だった日本の個人金融資産はいまや2,000兆円近くに増えているけれど、半分以上は現預金で眠っている。一方、アメリカは当時2,900兆円だったのが、資金がうまく循環して4倍以上に増えている。これが失われた20年、30年の現実だと。 この事実を突きつけられると若い皆さんに申し訳ない気持ちになるし、これからは先送りせずに、我々の世代が責任を持って決着をつける。君たちは、経営がそれにしっかり取り組んでいるか見届けてほしい、と。 中神:大げさにいえば悔恨の情というか、未来への約束を新入社員にしたということですか。「見届けてほしい」というのはすごく強いメッセージですね。
政策保有株式を手放すという決断
大山:同じような話を店部長会議でもしています。資金の好循環が実現しないと、当社だけでなく日本の明るい未来さえ到来しない。我々は、その分岐点にいる、と。 中神:今のお話を伺っていて思い出すのが、パーパスの提唱者の一人であるコリン・メイヤー教授との対話です。 たまたま直接お話する機会があった際に、メイヤー先生が"Profit is a derivative of solving social problems (利益とは社会課題解決の派生物である)"と仰ったんです。さすがメイヤー先生、良いことを言うなと思ったのですが、私は2つの要素が足りないんじゃないか、と提案しました。 一つは"serious"。そこら辺に転がっている社会課題を解決したってプロフィットにならない、その時代のシリアスな社会課題に取り組まないとプロフィットは生まれないでしょうと。 もう一つは"in a unique way"。いかにシリアスな社会課題でも、みんなと同じやり方ではプロフィットにならないでしょうと、そういう話を申し上げて盛り上がりました。 大山さんのいまのお話は、2,000兆円を超える資金が循環してこなかったというシリアスな課題に対して、信託というユニークウェイで解決していく、それが三井住友信託銀行のパーパスなんだ、という理解をしました。 大山:社員からは、社会的価値と経済的価値なんてどうやって両立するんですかという声もあったんですけども、社会的課題があるということは、今まで誰も取組ができなかったということです。本当にその課題を解決できればブルーオーシャンで経済的利益が大きい世界です。ただし、従来の発想だと解決できないから課題として残っているので、イノベーションを起こさないといけない。 異質なものの結合がイノベ―ションを産みます。信託銀行には多様な事業があります。我々は事業の融合で新たなビジネスをつくり出してきたんだから、今度はイノベーションを起こして社会的課題を解決していこう、と。 中神:in a unique way、ですね。 大山:そして、さっきのseriousじゃないけれども、資金の好循環を本気で作るために何が必要かと考えた時、課題の一つが政策保有株式(政策株)だったんです。取引先との関係の維持・拡大のために政策株を持ちますが、議決権行使は取引先の意向を尊重し、株価がどれだけ変動しても売らない。 これが、資金の循環を阻害する要因になっていることは否定できないと思うんです。インベストメント・チェーンのあらゆる箇所に携わり、責任をもつ立場の信託銀行が政策株を保有するのは、自分たちの使命の否定ではないか、と。 そう考えれば、「何%削減します」ということではなく、そもそも「我々は政策株を持たない」というスタンスを表明することが大事なのではないかと。 そういう話を社内でしたところ、最初は色々な反応が出ました。しかし結論が出るまでの期間が短かったのは、やはりパーパスを掲げていたからです。 「我々が本来やるべきことは何だ」という軸が定まっていたから、経営としての覚悟が決まった感じがありました。 中神:お客さんの顔を思い起こすと、政策株をなくすという話は本当に苦しい決断ですね。しかし、やはりパーパスから考えたら、自然にそういう結論になったと。そして、政策株売却によって出てくるお金を脱炭素に振り向けていくというのも、資金循環を作るという目的に照らすと自然な帰結なんですね。 大山:そうですね。もちろん、一方的に政策株を売らせてもらうわけではなく、保有しているうちは過去からのお約束や企業の立場も踏まえてしっかりと対話していきます。 中神:政策株を1.4兆円削減し、そこで産まれる投資余力で2030年までに5,000億円のエクイティ投資を行うと表明されましたね。 大山:はい。政策株保有を解消した時に、それに代わってどのような形でコミットしていくべきか。そのアイディアの一つが、各企業が取り組んでいるカーボンニュートラルのプロジェクトに我々はエクイティ投資でコミットします、ということなんです。企業からしても、長期・大口でコミットしてもらう投資が一番嬉しいじゃないですか。 中神:それはそのとおりでしょうね。 大山:一方で、エクイティ投資をプライベートな世界でもやってきましたが、長期・大口の資金は今現在、特定の人しか投資できません。 個人投資家からすれば、小口でリスクが小さく、分散したポートフォリオが欲しい。それをつなぎ合わせるのが株式市場の役割だと思うのですが、いまは小口分散のニーズを満たすためにパッシブ化で対応している。だから資金ニーズのミスマッチの間に立っている機関投資家が、責任ある立場としてしっかりとエンゲージメントしなければいけないと言われています。ただし、機関投資家としての限界はそこなんです。出来てエンゲージメントまで。 一方で、我々は機関投資家でもあり、銀行でもあり、不動産機能を持っています。ということは、エンゲージメントだけじゃなくて、その課題に対して実際のソリューションを提供できる存在のはず。そこが一般の投資家と違うところだと思うんです。 中神:その考え方が、これまで受託事業と呼んできた組織を「投資家事業」という新組織に改名したことに反映されているわけですか? 大山:はい。「受託事業」という名前に表れているように、我々はどちらかというと受け身で資金の管理・運用を行うという考えでした。 ただ、好循環が起きていない今、受け身の姿勢だけじゃなくて、「投資の先導役」機能を果たさないといけない。そして先導役には、目の前の顧客だけではなく、この資金を別のところにつなげるにはどうすれば良いんだろうか、という発想が必要になってくるはずです。 そこで経済主体別に個人・法人・投資家と組織を括り直し、どうやったら資金が循環できるか皆で考えよう、というのが今回の組織改編です。 実際、組織改編をやると言ってから、経営会議でも、良い意味で他の事業に口を挟む意見が多くなりました。自身が担当する事業の顧客がこういう状況だから、こう動いてくれると全体がこう繋がる、と。 銀行や証券会社の役割は今まで、発行体にどうサービスを提供するか、が主眼でした。「メインバンク」や「主幹事」という言葉はその象徴ですね。企業を支えることで、労働者としての個人を守ることが、社会的な責任だったと思います。 ただ、これからの時代では、投資家として企業価値の向上を促し、その果実を投資家としての個人に提供する必要があります。もちろん、企業の経営に貢献し、賃上げを通じて消費者としての個人にも還元します。 銀行・不動産・機関投資家という複数の顔を持つ信託銀行が、そこに果たす役割は大きいと思っています。
株式保有を通じて「みなで豊かになる」
中神:めちゃくちゃ面白いです。復唱するとこういうことですね。 まず、家計には3つのプロフィールがある。1つは「労働者」、2つ目は「消費者」。3つ目は「投資家」というプロフィールです。そして、私はいつも言っているんですけれども、「経済のエンジンは企業」。企業以外に富を作っている経済主体はいないわけです。家計も政府もその富に与る存在。 その基本線の中で、これまで信託銀行は、企業にサービスを提供することで、そこで働いている「労働者としての」家計に貢献してきた。 だけど、せっかく信託グループなんだから、やっぱり投資家として企業にエンゲージメントして経営を良くする、更に信託が持っているソリューションを使うことで、経済のエンジンたる企業の価値を上げていこうと。 それは「投資家としての」家計に富を及ぼす。もちろん、企業の経営が良くなれば、労働者としての賃金も上がるだろうから、「消費者としての」家計にも良い影響が生まれるだろうと。 大山:まさに。岸田首相の「新しい資本主義」は、当初は株主資本主義や新自由主義をアンチテーゼとするあまり、労働者に分配するか、株主に分配するかみたいな二項対立の議論が多かったと思います。 そうではなくて、分配の原資が多様化することが重要で、投資の果実を個人に提供することで個人が豊かになるルートもあるはずです。 中神:無理やり拙著に我田引水すると(笑)、二項対立を乗り越え、「三位一体」で豊かになろうと。 大山:まさにその考えで、当社では社員への株式報酬の導入を予定しています。幹部だけでなく全社員が対象です。 いま、当社の持株会の加入比率を見ると3割を切っています。これまで銀行の株価はずっと下がってきたので、社員に株式を持てということをなかなか言えなかった。でも、今、当社の株式のPBRが0.6倍弱、配当利回りは4%台後半。ダウンサイドが少なく配当利回りもあります。良い株式であることを社員が知らないんです。みんなで株式を持って、みんなでハッピーになりましょうと。 中神:みながハッピーになるには、良い経営をすることが前提になります。 大山:配るだけでなく、従業員持株会の奨励金も上げます。 株式を持つとみんな経営戦略に興味を持つし、我々も説明責任を社員に対して持つ。株主ですから。個人株主づくりが我々の課題だったわけですが、社員にもちゃんと株主になってもらおうと。 中神:これだけ厳しい競争の中で、自分たちだけ賃金は大幅には上げられない。でも良い経営を行う会社なら、社員の皆さんも投資家として果実を取れるはずです。みさきの周りの会社では「三位一体の経営」が実際に増えています。 大山:私は若い時代、いまのパナソニック、当時の松下を担当していました。幸之助さんの本は大体読みましたが、あの人は1967年に株主主権論を出した。幸之助さんは、あの時から「国民がみんな株式を持って幸せになるんだ」と訴えていたんですね。 実はパーパスもそうなんです。幸之助さんがあの時に言っていたことなんです。 中神:50年以上前に言っていたんですよね。本当にすごいですよね。
「汎株主的株主」として資金循環に責任を持つ
中神:今のお話を受けて改めて思ったのですが、みなが豊かになる大前提は、やはり多くの会社が良い経営をすることだと。良い経営をしないと株価は上がらない。では信託銀行として、良い経営の創造にどれだけ貢献できるか。エンゲージメント力という一言になるのかもしれないですけれど、すごく大事なところかなと。 大山:そうですね。例えばESGのそれぞれについて信託がどう関われるかを考えています。 まずEの世界では、新しく作った「テクノロジー・ベースド・ファイナンスチーム(理系の博士・修士号を持つ研究者のチーム:企業のインパクト投資を技術と金融の両面で支援する)」を軸に、企業に対していろんなソリューションを提供し始めています。 Gの世界では、以前は証券代行業務は株主総会のお手伝いが中心だったのが、今は上場企業の約半数に参加いただくガバナンスサーベイや、ガバナンスのコンサルをやっています。 Sについては、従業員の老後の資産形成を支援することが企業の社会的責任であるといった、ラリー・フィンクが言っているようなこと。それはまさしく人的資本投資ですよね。 信託銀行という業態は、企業が直面しているE,S,Gそれぞれの課題にサービスを提供できる、稀有な存在だと思っています。 中神:なるほど。これまでin a unique wayというところに信託の機能がどう組み合わさるのか、いまいちよく分からなかったんですが、少し見えてきた気がします。 大山:そのときに重要なのが「個別の案件をどうマネタイズできるのか」という今までの発想を変えていくことだと思います。信託銀行はインベストメントチェーンのあらゆるところに携わっている。だからこそ、資金が回り始めて全体のパイが潤ってくるとみな幸せになるし、当社も潤うと。そういう発想に変えていかなければなりません。 中神:インベストメントチェーン全体に責任を持ち、投資家でもある家計をうまくナビゲートする、そのために企業の本源的価値を上げていくエンジンになる、と。 大山:それが、金融機関の本来の役割だと思います。個人の資金がパッシブにどんどん流れていき、企業への働きかけが弱くなる今だからこそ、責任ある投資家・株主として、企業と向き合う主体は必要だと思います。 中神:いまのお話は、慶応義塾大学の小林慶一郎教授が日経の「経済教室」で語っていた「汎株主的株主」を立てよ、短期の個別利害発想ではなく長期的に本源的価値を向上させる株主を立てよ、という提言に通じるものがあります。 大山:そうですね。株式をどう売買をしようが、どう議決権行使しようが勝手でしょうという考えもあると思いますが、せっかく世の中を良くするために株式市場や企業はあるんだから、そこに対してやっぱり責任ある投資家として貢献していくべきではないか。そういう汎株主的な立場は重要だと思います。 その役割は、単に株主視点だけではなく経営の中身も知っていて対話ができる、他の投資家と企業とのつなぎ役・仲介役のような、投資家の代表選手みたいな人がやらないと、なかなか話を聞いてくれないのではと思います。
ESGが広げる「差異」と投資のフロンティア
大山:資金循環の話に戻りますが、資金の停滞を打ち破る最大のチャンスはカーボン・ニュートラル(CN)だと思っています。 我々の顧客は重厚長大産業が多いため、CNが話題に出ない時はありません。 実際、CNの実装のために莫大な資金需要がある一方、投資家は低金利で運用難に苦しんでいます。これがマッチできていないのが今の状態です。 中神:わかります。 大山:中でも、経済的・社会的リターンが出るCN技術か否かを見極める機能が必要、という声が大きかったと思います。そこで、先ほども申し上げたテクノロジー・ベースド・ファイナンスチームを社内に作ったんです。水素の専門家をはじめ、様々な分野の博士クラスを集めた12人のチームです。専門家が出てきて技術的評価をし、それに基づいて企業とエンゲージメントをして、ファイナンスします。 ファイナンスすることが目的ではなく、これを通じたインパクト評価のフレームワークを作っていきたい。EUのタクソノミーのようなチェックボックスではなく、投資を呼び込むような各産業セクターのインパクト評価のフレームワークを作れないかと。 中神:それを作ることで、CNに必要なプロジェクトにもっとリスクマネーが回るようになる。 大山:従来の議論では、社会的リターンと経済的リターンはトレードオフじゃないかという考えだったけれど、今や全く違います。 CNの鉄とそうじゃない鉄があったら、当然CNの鉄のほうが高い。社会的価値が無いと経済的リターンが出ない世界、トレードオンになってきています。だからインパクト評価が経済的リターンの源泉になる。 中神:御社の松本さん(執行役員ESGソリューション企画推進部長)に示唆を頂いたのを思い出しました。 松本さん曰く、ESG投資というのは、実はバリュー投資と最も親和性が高い考え方なんだ、と。 バリュー投資は会社の本源的価値と価格のギャップを見るものですが、これまでは金融資本や物的資本でしか捉えられていなかった「本源的価値」を、ESGの視点で人的資本・知的資本・社会資本等をファクターに入れて評価していけばより正しく捉えられる。価格とのギャップ、すなわち投資機会をよりうまく見つけられるのではないですか、と。日頃バリュー投資を行っている投資家として、グサっと来ました。 そういう風に企業の本源的価値を捉え直すと、投資ビジネスはこれからめちゃくちゃ面白くなるはずです。 なぜなら、金融資本と物的資本だけで企業の本源的価値を捉えようとすると、投資家間で評価の差異があまり出ない。バラつかない。 しかし、人的資本・知的資本・社会資本等をどうファクター・インするかについてはまだ誰も定式を持っていない。 ということは、本源的価値の認識が、投資家間で大きくばらつき始めると思うんです。収斂しつつあった企業価値算定手法が再爆発する白亜紀のような時代が来ている、だとすれば今後は投資がめちゃくちゃ創造的になるのではないかと。 大山:まさに。資本主義は差異を潰していくことで大きくなってきましたが、その点でESGは新たなフロンティアなんです。 中神:みさきでも、様々な「資本」をどうやってファクター・インするかにトライしています。面白いのは、社会資本と自然資本は、まだ本源的価値にリニアな関係が見られない一方、人的資本への投資は価値への相関が強く出ています。人的投資が本源的価値に直結する可能性が見えてきているんです。 こういううねりはすでに始まっているのですが、一方では評価の時間軸を長くとらないといけないし、しかもばらつきが出るから、お金がうまく回っていない。そんな時に、「世の中の資金をこっちに動かしたらどうですか」とナビゲートしていく、そういう啓蒙役のような役割が信託銀行には求められているのではないでしょうか。 大山:まさに、一般の投資家と企業のイノベーションの間の時間軸のギャップを埋める、胆力のある投資家が必要なんだと思います。
一人ひとりのWell-being実現のために金融が果たす役割
大山:話はまた少し変わるのですが、中計策定の際、若手と議論しているときに、自分たちのサービスや顧客リレーションには自信があるという声の一方、競合と比較した際の事業規模や店舗の数など、将来に対する漠然とした不安の声もたくさん聞きました。 その時に私は、経営が社員にもっと違う世界観を示す必要があると痛感したんですね。 規模が業界秩序を決定づけるという従来型銀行セクターの文化的拘束から皆を解放し、より大きく広がっている世界を見せたい、もっとみんな上を見ようぜと。世の中のパイ自体を大きくしたらみんなも幸せになるし、我々も潤うのだという世界観です。 冒頭でご紹介した当社のパーパスには「お客さまや社会の豊かな未来を花開かせる」とあるのですが、これには続きがあります。それが、「そして私たちの豊かな未来も花開かせる」。この「私たちの」と言ったときに、最終的には社会にいる一人一人のWell-beingが向上していないと意味がありません。 資金の循環はあくまでも手段であって、最後の目的は何ですかというと、みなが豊かになること、一人一人のWell-beingが上がることのはずです。 従業員にとってみたら、それに貢献することが、仕事へのやりがいや、モチベーションになって跳ね返ってきて、自分のWell-beingも上がる。そうするとパーパスにもっと邁進していこうという気になります。 資金の循環もそうですが、パーパスとWell-beingの循環をしっかりつくり上げていきたいなと思っています。 中神:昔、とある銀行の頭取が言った「全ての金融人は、自らが金融にいたことで、実体経済がわずかでも良くなったのかを問わねばならない」という言葉が強く心に残っています。 金融人は、表舞台で価値をクリエイトすることはなかなかできません。でも、企業の本源的価値はどうすれば上がるか、投資家としての家計はどうすれば豊かになるんだろうかといったことを必死に考え、黒子として資金をナビゲートするおおきな循環をつくる。 そういう営みが実体経済に貢献することなんだろうなと、痛感しました。本日はありがとうございました。 2022年5月 丸の内にて

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編集後記
先送りしてきた課題に、我々の世代で決着をつける。君たちは、経営がそれにしっかり取り組んでいるか見届けてほしい。 大山社長が社長就任直後の入社式で新入社員にかけた言葉は、今回のインタビューで最も心が震えた一節でした。 私が中学生だった2000年代はじめは、「失われた10年」と言われていた記憶があります。それがいつしか「失われた20年」になり、「30年」になり…。 社会に出て既に10年と少しになりますので、私も何ら無関係・無責任ではありません。 ところで、コーポレート・ガバナンス研究にも用いられる概念で「経路依存性(path dependence)」というものがあります。組織や制度は全て合理性によって決まるのではなく、過去の(偶発的な)イベントや意思決定の蓄積によって形成され、他の制度やステークホルダーの利害と密接に絡み合うことにより強固に維持されるため、別の望ましい均衡に移行することは困難を伴う、という議論です。 一例として、日本における持ち合い株式・政策保有株式が考えられます。持ち合い中心の株式所有構造は戦後の財閥解体に起因し、バンク・ガバナンスと強固に結びついて近年まで残存してきたと言われています。同様に、「失われた30年」において社会・経済構造の変革が進まなかったのも、様々な経路依存性のなかで、みなが「あるべき姿」を認識しながらも身動きが取れなかったから、と理解することができるかもしれません。 この経路依存性を打ち破るために、何が必要なのでしょうか。その一つは、組織の存在意義(パーパス)にもとづき、リーダーシップが覚悟を示すことではないかと思います。大山社長が政策保有株式をゼロにする決断を行った経緯を伺い、そのように実感しました。 数十年後に振り返って後悔しないよう、課題を先送りする誘惑に打ち勝ち、日本経済、資本市場に対する自分なりのオーナーシップを持って仕事に取り組めているだろうか。インタビューからの帰路、そのようなことを自問しました。
ディレクター
佐藤 広章