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NEWS LETTER
 みさきで『良い経営』を考える VOL.19
CROSS TALK
スチュワードシップ活動における実効性ある対話

(エンゲージメント)の定着に向けて

磯崎 功典
キリンホールディングス株式会社
代表取締役社長
中神 康議
みさき投資株式会社
代表取締役社長
今回のみさきNLは、いつもとちょっと違います。 というのも、投資信託協会と日本投資顧問業協会が共同主催した「資産運用業フォーラム」で行われたキリンホールディングス磯崎社長との対談を、みさきニューズレターとして仕立て直しているからです。 とはいえ、テーマはみさき投資のど真ん中の「スチュワードシップ活動における実効性ある対話(エンゲージメント)の定着に向けて」ですから、目いっぱい力を入れないわけにはいきません。 実際、思考を巡らし、以下のような問題意識と具体的な討議テーマを設定して対談に臨みました。  <問題意識と討議項目> コーポレートガバナンスコードやスチュワードシップコード等、ガバナンス改革の進展により、「経営者と投資家の対話・エンゲージメント」の重要性は広く認識された。また実際に、対話の「量」も増えた。一方で、 ・ガバナンス改革の本来目的に照らした対話の「質」は、いまだ十分に満たされていないのではないか ・個々の投資家や企業の「行動」面において改善すべき点がまだまだある。改善すべき課題群は何かを直視し、双方ともにしっかり取り組まなければならない ・一方で、投資家や企業がそう行動してしまう/せざるを得ない「構造」面の課題もありそうだ。その構造とは何で、どのような解決方法があるのかについても考えてみたい 約一時間半、磯崎さんとじっくり話をする中であぶりだされてきたのは、表層的な対話というアセットマネージャーの「行動」を誘発している「構造」的諸問題。 そして、「二年間、ベッドで寝たことがなかった」というほど経営に心血を注いできた磯崎さんならではの、経営者の「本分」に関する強烈な自己規律。 「実効性ある対話(エンゲージメント)」の実現に必要とされる、経営者・投資家双方の課題の大きさや奥深さが伝わるニューズレターになったとすれば幸いです。
みさき投資株式会社
代表取締役社長
中神 康議
Speaker's
Profile

磯崎 功典 / キリンホールディングス株式会社 代表取締役社長

キリンビール入社以来、ホテルや海外ビールを始めとした幅広い事業を経験。キリンビール社長時代は、主力ブランドの「一番搾り」を中心とした反転攻勢に道筋をつけ、業界に先駆けてクラフトビールへの注力を表明。 キリンホールディングス社長就任後はグループ内事業の再編・再生を主導。社会的価値と経済的価値を両立させるCSVを経営の根幹に据え、世界のCSV先進企業を目指している。

事業『改革』への称賛から一転、事業『創造』への批判
中神:本日は「実効性ある経営者と投資家との対話の定着に向けて」と題する、日本投資顧問業協会主催のセミナーの場をお借りして対談をさせていただいています。 ガバナンス改革の甲斐あって、対話の”量”は確実に増えてきたと思います。一方で、対話の”質”に関しては、各方面から様々な意見を聞きます。 本日は日ごろから投資家と向き合われている磯崎さんと対談を進めさせていただきます。まずお伺いしたいのは、経営者から見て現在の対話の”量”と”質”をどのように評価されているか、という点です。 磯崎:投資家の皆さんは、リリース・決算説明会等で企業の戦略・ビジョンを一通り聞いているとは思います。しかし、その意図・背景等までは十分に理解して頂けていないとも感じています。また、企業側も十分に踏み込んで発信できていないように思います。 既存事業、私どもの会社ですとビール事業にあたりますが、多くの方はビール事業を行う会社としてキリンに投資をしたわけですからそこはよく理解していらっしゃる。 しかしながら、医薬・ヘルスサイエンス事業のような新規事業となってくるとわからない、ということがよくあります。 こういうところをどこまでご理解いただけるか、あるいは企業側もどこまで努力をしているか、この点に私は課題があるのかなと思います。 中神:いきなり核心に触れていただきましたね。実は以前、磯崎さんとお話させていただいた時に、既存事業の改革を成功させたのち新規事業に乗り出そうとされた際に、投資家の意見が180度変わったというお話が大変に印象に残っているんです。 磯崎:私は2007年から2010年まで経営企画部長をしており、随分と選択と集中を進めました。大きく事業の成長が期待できないものについては利益は出ていても、ほとんど売却しました。 その後2015年にCEOに就いた当時も、まだ低収益事業あるいは不採算事業を多く抱え、株価もまったく冴えないような状況だったので、海外の不採算事業やOPマージン1.5%程度の低収益事業であったキリンビバレッジ(清涼飲料事業)も収益が回復しなければ売却を行うと宣言し、メディアにも発信しました。 キリンビバレッジのOPマージンは実際には10%程度まで回復したため、売却には至らなかったのですが、オーストラリア、ブラジル、と海外の不採算事業については売却しました。 それらの改革のかたわら2016年には新たな中計を推進し、2018年にはキリン始まって以来の最高益を達成。ROEが18%、純利益率が13%、純利益の金額としても過去最高の2000億円となり、当然時価総額も最高値です。もうね、海外IRが楽しくてしょうがない(笑) 投資家の皆さんからも、数多くのお褒めの言葉を頂きました。皆さん、大いに儲けられたんですね(笑)。 こうして既存事業は盤石にしましたので、次は持続的な成長を見据えて、新たな事業を生み出し成長させていくんだ、と強く宣言致しました。キリンの強みでもある発酵バイオテクノロジーを活かしてヘルスサイエンス事業に参入する、ということを2019年の決算発表の際に申し上げたんです。 すると、これに対しては極めて反応が悪かった。「余計なことをするな」と。これまで対話していた投資家に、同じ人の言葉とは思えないほど大変厳しいお叱りを受けました。 当時、私も相当悩みました。盤石にしたとはいえ、既存事業を続けていてもおそらく10年後には厳しくなります。新しい事業の種は今から植えないとダメなわけですが、「そんな余計なことはするな」と、ここまで厳しく言われるとは思ってもみませんでした。
経営者と投資家の本来の対話。10年先の未来を考えること
中神:このお話をお聞きした際に、「投資家ってそういうものですか?それが本当の投資家なんですか?」という問いかけを磯崎さんから頂きました。ちっぽけな投資顧問会社を運営している私ですが、この言葉はずっしりと重く響いたんですね。 ここで考えなければいけないのは、今日のテーマでもある”対話”。この対話というのは、経営者・投資家の本分というものに立ち戻って議論する必要があると思うのです。 経営者の本分は、現状を『改革』することで間違いはないと思いますが、それはあくまで階段の一段目。その先の、二段目にある本分は 『創造』ではないかと思うんです。つまり、新しい価値を世に問うていく。誰もやっていないビジネスを立ち上げ、新しいお客さんを創造することです。 そして投資家の本分も、一段目を上る経営者を応援することはもちろん、二段目を登ろうとしている経営者の考えを理解し、審美することにあるのではないかと思うのです。審美した上で、「よし、これにベットしよう」と判断するのであれば、力いっぱい支える。それこそが本当の投資家ではないかと、磯崎さんの言葉から気づかされたんですね。 磯崎:全くその通りだと思います。 私も対話の数以上に、事業の『創造』の中身まで理解していただくことに心血を注いでいます。 私はよく「”山”が見える」と表現します。ここでいう”山”とはすなわち事業仮説。その”山”が経営者の頭の中にあり、しっかりと説明されないことには、新しいことをやろうとしても周りは信じてくれません。 具体的に言えば、研究所や開発所にお連れしたり、キリンのR&Dでは何をやっているのか、それで何ができるのか、競合と比べてもどのぐらい強いものなのか、説明したりしています。 単に、ROICなどの定量指標が上がった、というだけではなく、「この技術は何ができて、これをこうすると最後にはこのような価値が生まれる」と、価値創造のストーリーを持って語っていかなければならないと思っています。 中神:磯崎さんの語録を読んでいると「社長の仕事は10年先を考えることだと思っています。」という言葉がありました。先ほどの不採算事業の撤退の検討の際におっしゃられたようなのですが、これもまたグサっとくる言葉です。 事業というものは、過去に誰かが切り拓いて出来てきた経緯がありますので、必ず誰かの想いや感情がこもっているものです。 ただそれも未来のことを考えると忖度をしている場合ではありません。なぜなら、社長の仕事は10年先を考えることだからね、とおっしゃっているんですよね。 磯崎:祖業であるビール事業が未来永劫成長し続けると判断できるのであれば、そのようなことも言わなかったでしょう。 しかしながら、ビールの消費はずっと減ってきています。1992年当時、日本では約700万キロリットルのビールが消費されており、そのうちの約350万キロリットルをキリンが供給していましたが、そこをピークに今日に至るまで消費量はずっと下がりっぱなしです。今では日本の消費総量は約380万キロリットル。世界的にも同じ傾向です。 これをわかっておきながら、忖度を理由に手をこまねいて見ていては会社の未来はありません。 もちろん、まずは過去から積み重なった不採算事業を整理しなければ投資家の皆さんからの信頼は得られませんから、まずはそれをちゃんとやって、それから階段の二段目に入っていくということが重要です。 ただ、そこでしっかり新しいことを『創造』しないと会社の未来はないんです。これを実現していくことの方が本来は大変な道のりだと思います。
長期投資を行うために、作り上げなければいけない構造
中神:『改革』のフェーズは良かったとしても『創造』フェーズに入った時に、そこに賛成してくれる投資家が少なかった。ただ「投資家は本当にそれでよいのか?」というのが、磯崎さんからの問題提起でした。 実は投資家だって、投資家である以上、経営者の夢に賭けたいと思っているんです。ただ、それが簡単には『行動』に移せない、業界特有の『構造』があるというお話を、次にさせていただこうと思います。 磯崎:実は私も投資家の本音を聞いてみたことがあります。 「もしあなたがこの会社のCEOだったらどうするか?」と伺うと、その投資家の方は、「新規事業のヘルスサイエンスに賭ける」とおっしゃるので、では「なぜそれを強く推さないのか?」と、さらに伺ってみました。 すると、その方は「私も運用成績というもので日々評価されている。だから、長期の試みを推すのは難しい」とおっしゃるんですね。 投資家も、機関投資家であれば組織を形成しています。そこで厳しく評価されているわけですから、長期的な目線で投資いただくには、より深い理解を促す必要があります。そのための対話が重要だと改めて認識しました。 中神:ファンドマネージャーというのは上司への報告だけでなく、いわゆるアセットオーナー、これは年金や大学の基金などがあるわけですが、彼らに対しても運用報告をしなくてはいけません。運用成績が悪いと、アセットオーナーにも「何をやっているんだ、早くリターンを出せ」と言われてしまうわけです。 そうすると、本当は磯崎さんの事業仮説にベットしたいのだけれど、それが花開くのが5年後だとすると、今は短期でリターンが出そうなところにベットしよう、という投資の『行動』につながってしまうんですね。 もちろん、ファンドマネージャーの仕事の核心は「この投資は長期で莫大なリターンを生みうるのだ。いまはダメに見えるかもしれないが、ここは俺に任せてくれ。」と説得しきることであって、これができなければファンドマネージャーとしては二流です。これは、強く申し上げておきたい。ただ、だからと言って、上司やアセットオーナーに負けてしまいそうになるファンドマネージャーの『行動』を責めるだけでは問題は解決しないのです。 例えば、今、みさき投資はざっくり1000億円程度の資金をお預かりしていますが、このファンドはわざと、短期志向のアセットオーナーが入りにくい『構造』を作っています。 具体的に申し上げますと、一度ファンドにお金を入れたら数年は解約ができない、いわゆるロックアップ期間を、3年、5年、7年という形で置いています。解約したい場合にも半年も前に伝える必要があり、受け付けてから半年後にお金をお返しする仕組みになっています。 運用会社にとってはお金集めの側面で大変厳しい決断ですが、こうした仕組みを取り入れないと、『構造』としての長期投資がなかなかできないわけです。 そして、先ほどお伝えした1000億円というお金の8割程度が、実は海外のアセットオーナーのお金なんですね。 大変残念なことに、日本のアセットオーナーには3年、5年、7年のロックアップ期間でも良いよ、解約の事前期間は半年でも良いよと、と言ってくれるところが非常に少ない。 でもそういうアセットオーナーがいない限り、いくらファンドマネージャーに説得力があったとしても、この『構造』に邪魔されて長期投資へ向けた『行動』がとりづらくなってしまうんです。 私はこの国の対話の本質的な問題の一つは、アセットオーナーに長期投資を良しとする人が少ない、ということにあると思います。 そういう厳しい環境の中で、ファンドマネージャーなりに長期投資をしようと努力している点は、経営者の方にも、どうかご理解いただきたいと思います。 磯崎:なるほど、そういう『構造』になっていたのですね。それは全く知りませんでした。よくわかりました。
長期経営に求められる、高い説明能力
磯崎:投資家の皆様も変化が必要と感じていらっしゃるようですが、企業側もどこまで説明を尽くしたのか、突き詰めなくてはいけません。 ヘルスサイエンスへの参入を発表した際、海外の投資家からこう言われたんです。 「説明を聞いて初めて事業仮説に至る深い考えが理解できた。ただ、リリースに書かれた戦略を紙面で見たときには、ここまでのことを考えているとは思わなかった。是非他の投資家の前でも語ってほしい。」と。 これには頭を殴られた気になりました。確かに我々の説明が不十分であったのだと。 一例を申し上げると、例えば”発酵”という言葉はアメリカなどではあまりいい意味では使われていないんですね。”腐敗”と同じようなイメージで捉えられているようなのです。なので、”発酵”の利点を一からご説明し、そこで得た成分がもたらす効能を、実際に商品をお見せしながら説明をしたのです。 これは事業仮説の核心にも通ずる点でした。ただ、それが文章では全然伝わっていなかった。こうした対話を通じて、企業(経営者)の説明能力は投資家に鍛えられるのだと思うのです。 中神:投資家としても非常によくわかるポイントです。アセットオーナーからの指摘はものすごく勉強になるんですね。「ああ、確かにそこはできていなかったな、説明能力が足りなかった」と反省させられます。 磯崎:進捗を明確に報告する、ということも重要ですね。 特に、長期目線の投資家のみなさんは、いわば我慢をしてくださっているのです。我慢をしていただいている分、絶対に進捗を報告しなければいけません。 中神:経営はマラソンのようなものだということがありますが、長い距離を好タイムでフィニッシュしようとするとしっかりラップを刻むことが必要なように、途中の成果と実績をしっかり上げなければいけませんもんね。 磯崎:これは人間の性のようなものですが、やはり先のことはどうしても見えないんですね。どうしても現状の延長線上で考えてしまおうとする。 したがって、クイックウィンのようなものをしっかり示すことが、企業側ができる重要な工夫なのだと思います。 10年間、じっと我慢して何も言わないでください。というのはあり得ませんからね。 もちろん、ただ進捗を報告すればよいというわけではなく、その報告の信頼度も高めないといけません。 そのためには、社外取締役と徹底的に議論して報告の信頼度を向上させることが重要だと思います。 特に私どもの会社は社外取締役が過半数で、しかも全員独立社外取締役でなんの利害関係もありません。そういう方達だと忖度なしに徹底的に議論することができます。 実は先週もやってきたのですが、うちの横浜工場でもう一日中会議です。CEO対社外取締役は1対7の議論ですが、これに耐えられないとまずだめですね。 中神:それは投資家からしてもありがたい話ですね。経営者だけでなく、社外取締役も事業仮説を検証してくれているのであれば、長期投資家としても安心できます。 要は長期経営や投資をするには高い説明能力が必要であって、そのためにはガバナンスが開かれた透明性の高い会社である必要がある。経営サイドとしても、やはりそのような『構造』を作り上げることが重要ということですね。
“人に賭ける”投資。胆力が問われる対話
中神:もう一つ投資家サイドの『構造』のお話をさせてください。 近年、会社を選別してベットしていくような戦略、いわゆるアクティブファンドというものが減っていることも、建設的な対話を妨げている一因のように思います。 逆に増加しているのはパッシブファンド。これはマーケットに存在している会社をそのまま買っておけば、そんなにリスクもなく、対話に費やすようなコストもかからず相対的に高いリターンが得られるだろうという運用戦略です。対するアクティブファンドは、相当な目利きが出来ないと、市場に勝つようなリターンは得られません。そのためにも真剣に対話を行います。 磯崎:アクティブファンドの方とは私もお話しますが、彼らは最後には”人に賭ける”んですよね。 会社というよりも、「あなたに賭けます」とおっしゃる。究極の投資家だと思いますが、確かに数は少ないですね。 中神:私は「経営者と投資家は相似形だ」と申し上げることがあります。経営者が銀行や投資家からお金を調達して設備投資や人材投資に回してリターンを得るように、投資家もアセットオーナーからお金を集めて投資をしてリターンを返すわけですから。 私が投資業界に足を踏み入れて感じたのは、実はアセットオーナーには3つのタイプがあるということです。 一つ目は、ファンドマネージャーの“実績”に賭ける方々、これが最も数が多いです。過去のパフォーマンスが良いところに投資する方々ですね。 二つ目は、運用戦略の“ロジック”に賭ける方々、この二つ目の時点で数は相当少なくなります。 そして三つ目は、”人に賭ける”方。こういう方はなかなかいらっしゃらないのですが、「お前は、なぜこのような運用・投資をしたいと思っているのか?」、と内的動機を根掘り葉掘り問うてくるアセットオーナーです。 このような方にお会いすると、例えば逆境の時にへこたれないか、順境の時に傲慢にならないか、という人間の強さみたいなものを問われているような気がして恐ろしいんですよ。 「自分はこういうアセットオーナーに投資してもらえるだけのタマなのか?」というのを深く考えさせられます。 相似形であることからの推察ですが、磯崎さんもおそらく同じことを問われたのではないでしょうか。経営企画部長としての実績があり、事業仮説=ロジックがあり、でも最終的に磯崎さんという人間に投資できるかを問われる、そのようなご経験だったのかな、と。 磯崎:おっしゃる通りです。ですから、やっぱり怖いですよね。胆力を試されている感じだと思いますが、その方がむしろプレッシャーが大きい。 ただ、そういうプレッシャーがあるほど、こっちも身が引き締まります。本当に目利き力のある方にはごまかしがききませんから、その期待に何としても応えたい。そういう気持ちはすごくありますね。 中神:ちなみに磯崎さんのご経歴をずっと見ていくと、一時期子会社のホテルの総支配人をやられていた時期もあります。慢性的な赤字を抱えていたのですが、磯崎さんが二年間ホテルに住み込んで対応にあたり、収益を回復させたと伺っています。 驚いたのはこの間、「一度もパジャマを着たことがなかった」とか…。 おそらく夜もフロントに出られるので、スーツを着てそのままその辺で寝転がられて、お客さんが来られたらすぐに対応できるようにされていたのだと思いますが。 磯崎:ホテルというのは、昼間は何も起こりませんからね。チェックインが入る夕方から夜中にかけていろんなことが起こる。そのときにやはり責任者がいないといけませんから。 私が自ら泊まり込んでいたのは、人件費を抑える、という目的もありましたが、社員の奮起を促すためにトップ自らが現場の先頭に立つ、という意味合いが強かったですね。 一番つらいこと、厳しいことをトップが率先垂範してやれば、社員は付いてきます。 フロントの人間も昼間は営業活動をするようになり、コックさんたちは昼の空いている時間で新メニューを考えるようになる。こうして組織がぐっと締まって、だんだん収益が上がっていったということなんですね。 中神:このエピソードを伺ったとき、磯崎さんというのはパッションと胆力のある、素晴らしい方だと思いました。 みさき投資は投資をする際に、経営者がどんな方であるのかを必ず見ます。もちろん経営者としての実績、会社経営のロジックなども見ますが、最後に大事になるのは経営者自身。その内的動機の強さと考えています。 例えば、みさき投資ではその経営者に関る新聞記事を10年から15年ぐらいすべて検索し、読み込むんですね。そうすると、「この人はこの大変なときにこう乗り越えたんだな」ということや、「うまくいっているときでも全くブレていないな。次を目指して動き出しているんだな」みたいなことが分かったりします。もちろん、真逆の方もいっぱいいるのですが(笑) このように情報を集めて、ご本人にもお話を伺って、もちろん周りにもレファレンスを取って、「この人だったら投資させていただけるかな?」ということを日々検討しているんですね。
“企業、投資家の相互選別。だからこそ真剣勝負の対話を
中神:さて、そろそろまとめに入らなければなりません。 経営者・投資家それぞれに質の高い対話を行うためには難しい「構造」があるという点、そしてそれを乗り越え、質の高い対話を行うために取り組むべきことは何か、について本日は議論して参りました。 この点に関して、改めて磯崎さんにご意見いただきたいのですが。 磯崎:ここで議論させていただいたことをやり尽くしても、ご理解いただけない投資家もいらっしゃいます。投資家の皆さんは採用する投資戦略によって企業を選別されていますが、企業側もそろそろ投資家を選別する時代に入っているのではないかと思ってます。 企業側も、まずは長期に創造していきたい事業仮説を語る必要があります。もちろん説明能力不足であればダメですが、十分に説明を受けたけれど、それでもうちは短期目線で投資するしかない、となってくると企業側からも期待に沿うのは当然難しくなってきます。 相互に双方を選んでいくターゲティングが必要なのだと思います。 中神:なるほど。株式市場の”市場”という言葉は、”しじょう”という読み方をしますが、”いちば”と読み替えることもできます。売っている人と買っている人がいて、お互いに選別する場ですね。私は実は株式市場の本質も、この”いちば”に由来する相互選別にあると思っているんです。 そこにはもちろん短期志向で経営をされている方も、長期経営なんだけど今は『改革』フェーズだという経営者も、その先の『創造』フェーズに行くんだという経営者もいらっしゃる。それぞれに対してフィットする投資家は全然違っているので、そこはお互いの理解の中で選別が起こってくるのだと思います。 そして同じ構造はアセットオーナーにもあって、実績やロジックにベットする人もいれば、アセットマネージャーの内的動機にベットする人もいる、ということかと思います。 重要なのは、経営者・投資家・アセットオーナーが、それぞれの戦略・構造を明確に意識しながらお互いに説明を尽くすところにあるんでしょうね。フィットしない者同士をくっつけてもダメですし、説明しても理解してくれませんから。 その「構造」を明確に意識し、相互選別をしていく中で初めて、本日のテーマである実効的なエンゲージメント・対話というものが生まれるのかもしれませんね。 磯崎:そうですね。だからこそしっかりと投資家の話を伺い、真摯に向き合いたい。 我々は、例えば新製品開発の際には、必ずお客様の声を聴くんですね。それと同じように、こうした投資家と企業側の対話においても、投資家が何を望んでいるのかということを聴きたい。 その対話の中では、先ほどもお話差し上げたような「直接話を聴いて初めて分かったよ。」ということもあると思いますので、できればFace to Faceで対話を行い、そこからニーズをくみ取っていく、こういう努力は改めて必要だなと思いました。 中神:投資家も真摯に応えていかなければならないと思います。 素晴らしい、貴重な意見をいただいたと思います。本日は誠にありがとうございました。

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編集後記
“対話”と聞いて、物理学と哲学が好きな私は、”ダイアローグ”の考え方を世に提唱した物理学者であり哲学者のデヴィッド・ボームを思い出しました。 彼はその著書「ダイアローグ」で、「”対話”とは”意味を共有すること”であり、人々を”コヒーレンス”に導くことに、その重要性がある。」と述べています。 この“コヒーレンス”という言葉使いがなんとも難解で、学生時代の私は興味本位で手を伸ばした彼の著書をそっと閉じた思い出があるのですが(笑)、”コヒーレンス”とは”波と波が互いに影響(干渉)し合う”ということを表している物理用語のようです。 波は、同じ波どうしなら重なるとさらに強くなりますが、真逆の波どうしなら打ち消し合います。これが”波が影響し合う”ということです。 「同じ考えであることや考えが一致することが重要なのではない。真逆の考えの人がいるかもしれない。それでも意味を共有し、互いに”影響し合う”ことが重要だ。」という絶妙なニュアンスを言い表すのに”コヒーレンス”という言葉を使ったのだと思いますが、 株式市場に関わる経営者・投資家も長期で考える人もいれば、短期で考える人もいる、いわば異なる波どうしの重なり合い。それでも影響し合い、”対話”に汗をかくことが重要なのだ、と本稿を読み直すことで、ようやく少しだけ理解が進んだ気がします。 ボームは、この本来的な意味の”対話”が、人々の結びつき(コヒーレンス)を強め、当時起こっていた(現在もまさに起こっていますが)、戦争・紛争・貧困・飢餓・略奪などの社会問題を解決に導く手立てとなると考え、”ボーミアン・ダイアローグ”を世に提案し、その真摯な”対話”を自らも実践しました。 彼のように、世の中を良くしたいと考える人は、本当に謙虚に考え、真摯に”対話”します。常に自責思考を持ち、一方で真摯に本質をとらえて”対話”される磯崎さんの姿は、私の目にはそのように映りました。 経営者も投資家も、世の中を良くしたいがために、互いの本分を見つめ直し、真摯に”対話”をする。この対談からも、そのような姿が少しでも伝われば幸いです。
マネージャー
堀 卓也